シュタイナー教育

2008/06/25

プロセスが大事だね

暗門を歩きながら ふと思った。

最後の滝まで行けたかどうか より

途中ですれ違う人と 道を譲り合いながら 

ありがとう すみませんと挨拶を交わしたり

いい景色や水のせせらぎ聞こえるの中で お弁当を食べて

いい景色だ とか おいしい と気持ちを共有するという過程の方が

ずっと大事だな。


私たちは モノを作るプロセスをお金で買っているけど

そういう過程を省くということは あまりイイことじゃない。


オモチャなんかは 完成されたものを買うが

子どもは 買ってしまったとたんに飽きる。

子どもに限らず 

私たちは買って満たされるかというと 逆に飢餓感が増す。

途中経過を見ていないと どんなに手間がかかっているか見えない。

でも 作るプロセスを自分で経たもの

例えばプラモデルやブロックで作った物は 大事にする。


ボタン一つで湯が沸く というのも同様で

薪を取ってきて割って 熱い思いをして焚く作業をしないから

どんどん贅沢になる。


野菜や家畜が育つところを見ないで

商品として並べたものをお金を出して買うと

生き物を食べているという感覚が鈍って ぞんざいに扱う。

鳥インフルエンザや狂牛病は 自然の揺り返しだ。


子育てとか 教育に関係するものは全てプロセス重視

人と比べて いかに優れているかを点数だけでは決められない。

「星の王子さま」が物語で言っている

数字は資本主義社会で差異を区別するために便利だから使っているだけ。

その人が どれくらい積み重ねたのか 前よりどのくらい進んだのか

それを見守っている人がいることは とても大事だ。

結果だけを見て 周囲に拒絶されることによって

どれだけ犯罪が増えることだろう。

2千年もの間 

拒絶された者が愛情を得ようとして 暴力を生み

果ては世界をも征服しようとする

と 神話や伝説が伝えてきたのに 事情がまったく変わらない。


人間が育つ モノが作られるというのは 時間と手間がかかる。

過程を省くこと スピードは 暴力を生む。

シュタイナー教育では 子どもに「『早く』と言ってはいけない」と強調する。

夢の中にいる(意識と無意識の境がない)子どもというものは

「早くしなさい」と言われると その一面だけが意識的になり

人間形成に負荷がかかるからだという。


「はぐくむ」という気持ちが大切だな。

人間を育て モノを作るというのは 忍耐が要る仕事

できれば一緒に楽しみながら。

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2007/09/04

日常を旅する に 本「腰」

やほー

今日 朝起きたら いつもと違っていました。

体が軽い。

途中で 横になったりすることもなく

何とか夜までもったぞ。

(リポビタンは飲んでいる)

感謝感謝。

しかし 油断すまいぞ。


アスリートのみなさんが 口をそろえていうこと

そりは

怪我をすると 体はいうことをきかないが

その分 頭が働くようになるということ。

実際 横になるしかなかったり

じっとしていなくちゃいけないと

考えるしかない…


この間 あたしゃあ やっぱり本を読むしかなかったので

シュタイナーをもう一度 読んでいました。

ちょうど 生徒さんのお母さんと シュタイナーで盛り上がったとこだったので。


また 基本に返りました。

今 やるべきことに没頭すること。

将来のことではなくて 目の前のことに情熱を注ぐこと。

それによって 自分に力が蓄えられて

力が備わったときに 

次になすべきことが 叶えられる。


イチローも この先 何安打を目指す とかじゃなくて

今日の試合のことだけを考えるというじゃないか。


なので

わかっちゃいるけど 今おかれた自分の環境を

徹底的に楽しもうジャナイカ運動

開始。

「日常」を旅することにしました。

何となく生活して 無意識に過ごすんじゃなくて

日常を旅するように いつもと違うことをする

日常を切り取るように 写真を撮る

ということを 意識してみようかな と。


まず

200709041212000
いつも 通り過ぎるだけの「太宰治の学びの宿」

えいやっと 入ってみました。

なんのことはない 旧家でしたが

大満足。

ここは 旧藤田家住宅といって

太宰治の親戚筋にあたる場所なのだとか。

官立弘前高等学校に在学していた昭和2年4月から

5年3月まで 下宿していたのだそうです。


おもむろに戸を開けると

警備員の男性が座って 本を読んでいらっしゃいました。

誰もいないと思って入ったので

ちょっと びびったけど

ちっちゃい声で

「お邪魔しま――す」

と言って 入室。

二階にあがると 太宰治が使っていたという6畳の部屋があり

感慨深く 窓から外を眺めてみました。


斜陽館には おそらく3回くらい行ったことがあるのですが

本をちょうど読んで 自分の中で気持ちが盛り上がっていたこともあり

「ここがこの本を書いた人の家か!」

と 鼻息荒く見学しました。

金木の生家というのがまた でかい家なんだよね。


自分の中で やろうとしている「日常を旅する計画」では

「津軽を再発見」をキーワードに 行動したい。

まずは「津軽学」という本を 先月立ち読みして

ちょっと 面白かったので

もう一度 立ち読みする(←買わない)。

昭和初期の土手町の写真とか すごく面白い。

そういう 町の歴史や 人間の歴史が 結構好きだ。


信号待ちをしていたら

ある場所から 津軽三味線の稽古の音色が聞こえてきたり

案外 ずっと住んでいても 知らないことが多い。

新しい何か を 模索しているとこです。

こないだ 青森に行く途中にある店の数々を一覧にしたが

それにも ぜひ行こう。


とりあえず 先週から

1年半あっためていた「1ヶ月速習 イタリア語会話」

聞いてます。

↑津軽じゃない


スパゲッティって

1本だと スパゲットだって 知ってました?!

ジェラートは 何個もあると ジェラーティ…

そんな 初歩的なことで びっくりしてるんだから世話ない。


あと

郷土愛を表明するために

(というわけではないが)

200709042143000
Hirosakiというロゴと 岩木山の絵が入ったTシャツを購入

ほぼ 衝動買いです。

そしたら その店のパンフレットに

「好きなことしよう 自分のしていること好きになろう」

Do what you like. Like what you do. (R)

と 書いてある。


イイこと言うな。


ついでにその店に置いてあったOutdoor Japan の旧号を ただでもらった。

これ 日本語と英語が書いてあって 実にいい!

いい教材をもらった。

山歩きの際の 英会話 というコラムもあって 使える。

ぜひ 山で英会話!


日常を打破せよ。


せば!

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2007/08/04

ねぷたの季節 2

200708031944000
やーや どー!

Ya-ya do-!

やーや どぅー 見てきました。

今年はなんと 1年に1度もあるかないか

珍しく旦那と2人で出かけました。

息子は スペシャル番組「クレヨンしんちゃん 

真夏の夜に オラ 参上! 嵐を呼ぶ 電王vsしん王」を見なくてはならない!

ということで じっちゃとばっちゃとお留守番。


弘前ねぷたは 扇形が基本で

町内会 企業 有志など さまざまな集団によって作られます。

初日は44台が出陣したそうです。

そんな中 自分たちの住む町会のねぷたが来ると

おらほのねぷた一番

と 誇らしげな気持ちになります。


立ち位置がいまひとつで 電柱が画を邪魔しております。

てきとーな性格が ここに現れておりますが

一つご覧下さい。

200708031951000
「がほんず」

とは

「ほんず」 の強調形(?)で

大ばか者 愚か者 といった意味です。

(たぶん)

調べたけど いまひとつ確実ではない。あしからず…

そんで その「がほんず」という集団による ねぷたです。

お囃子が かなりアップテンポです。

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いまも昔も変わらない 自衛隊員による剣舞。

扇子と日本刀による 舞です。

新入隊員が行うのが通例のようで

若くて凛々しい男子の 一糸乱れぬ様が ひときわ目を惹きます。

かっけー。

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毎年 県知事賞を獲っている 茂森新町のねぷた。

私たちが8年間 県外に行っている間に

弘前はいろいろと様変わりした。

土手町の衰退から 「よさこい」の台頭など

ねぷたもその一つで 

画調も みたことがないようなマンガチックなものや

妙にテンポの速い お囃子

アレンジした太鼓の叩き方など

ぷち浦島太郎どころか

「は?!これは 何?」

と 思うような ねぷた祭りに 様変わりしていたのです。

そんな中 この茂森新町のねぷたは

図柄やお囃子の調子 参加者の服装に至るまで

期待を裏切らない「正統ねぷた」だと思う。


うーむ すっかり昔の人になってしもうた。

わしゃ 年とった気分。


青森ねぶたに限らず こちら弘前でも

わげものの カラス族っぽい装束が気になりますが

祭りは観光客だけのものでなく

地元のものでもある。

日ごろ「早く寝ろ!」と 言われている子どもたちも

堂々と夜に出歩いて 祭りを楽しむ。

大人の仲間入りをする。

社交の場であり 無礼講でもある

そんな場のように思われます。

だから よしとしよう。


自分といえば

小学校4・5・6年は 毎日町内のねぷたに 笛で参加してました。

おやつやジュースが貯まって ほくそ笑んだものです。

いまは 土手町や駅前の運行が終われば

バスで帰ったりしているようですが

われわれの時代は 自分たちの町会までお囃子を続けながら

歩いて帰りました。

タフだったねえ。


シュタイナーに言わせると

「季節の祭り」は 宇宙との一体感を強めるらしい。

「宇宙」というと なんだか突拍子もないのですが

季節や暦を感じるということは

とても自然なことですね。


同じアホなら 踊らにゃ そんそん♪

祭りは参加すると さらに楽しいよ。

みんなも 祭りを楽しんでくれー


せば!

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2007/08/01

フィガロ

あっさー!

夜でも Arthur!

昼でも Jordan!


いやあ イイ天気すぎるぜー

目が覚める明るさ。


昨日美容院で 『フィガロ』を読みました。

おかげで 私の頭の中は「フィガロの結婚」が流れております。

あへずがしい曲だよね あれ。


7/20付けのちょっと前の刊でしたが 興味のある内容ばかりで

おもしろかった。

美容院で見る雑誌に いろいろと情報を得ることが多い。

担当の美容師さんと 雑談するのも ヒジョーにおもしろい。

楽しみな時間です。


「フィガロ」には 芸術家たちの 地中海リゾートでの暮らしぶりや

ロハス情報と称して 精油が調合された化粧品などを紹介していました。

イタリアの イスキア島も載っていたね。

岩木山にある 佐藤初女さん主催の場「森のイスキア」は

この島から 名前をもらったそうです。


「地中海」 「イスキア」 「アロマセラピー」 と

自分のツボにヒットする情報がたくさんあり

あのフィガロは 買いだな と思ったが

いかにせん 旧号なため

記憶にとどめておくしかないだろう…

バックナンバーを取り寄せるという手もあるが。


おまけに

精油入り化粧品の中には

シュタイナーが提唱した「バイオダイナミック農法」によって

栽培された植物を使っているものもあった。

名前を控えておくべきだった…ひえー


See you later, alligator!

続きを読む "フィガロ"

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2007/07/26

『いま 子どもたちがあぶない!』

おどろ  フィッシュ

すてきに フィッシュ

おどろよ フィッシュ

まぶしい キッス

おくれでなぁ~いか~い♪

と いつも歌ってしまうのは なぜ。


200707231123000ども。

よっぴです。

昨日間違って コメント欄に「よっぴ」と書いた私。

よっぴって いくない?

なくなくない?

で しばらく よっぴで 行くことにした。

よろしゅうー(菅原文太風)


今月の初めに 幼稚園の本頒布で買ったのが

『いま 子どもたちが危ない』
『小児科に行く前に』
『おなかすいたね ペネロペ』

DE酢。

『いま~』は テレビなどのメディアと子どもの心の関係について

セミナーを行った際の実録本です。

「2005年米子で開催された中・四国こども文化セミナーで

小児科医 児童文学者 保育者たちが現場からの生の声を

通じて テレビ・ゲームが育児に与える影響を報告 検証。

子育てに関わる全ての人に知ってもらいたい現実がここに。」

(帯)

サイレントベビー 多動 言葉の遅れ 学級崩壊 

むかつく キレル 不登校 大人子ども 社会的事件の背景にあるものが

テレビを見ることや ゲームをし続けることによる脳疲労である。

ひいてはそれが 慢性的に熟睡できない状態になるのだそうです。

そうなると 子どもなのに「だるい」などの 病気未満状態

「不定愁訴」を訴えるようになる。

うーむ。


私事ですが。

かれこれ7年前

妊娠がわかったその足で本屋に行き

「買え」

と いわんばかりに鎮座していた

『赤ちゃんからのシュタイナー教育』

この一冊が 第一の育児の指南書となっております。

かわいらしい挿絵が どのページにもチョコチョコと載っていて

見るだけでも楽しいの。

テレビと子どもの関係を 魂の点からも探っていて

生まれたその日から 

テレビと子どもに 神経を尖らせてきました。

なので この『いま~』という本は ぜひ読みたいと思い

買ってみたのです。


神経を尖らしてきたというが

かえってその態度が 悪影響を及ぼしてやいないか と。

そう おっしゃるんですね。

ええ ええ そうでしょーとも。

電柱が高いのも

ポストが赤いのも

みんな わのせいだじゃ!

(これ 義父の決めゼリフ)


テレビって 受動的だよね。

情報を受けっぱなしで

こちら側の自発的な行動を促すものではない。

想像力を減退させるのだそうです。

テレビをいつも見ている子どもは

「何かおもしろいことなーい?」

と 人に訊くが

見ていない子どもは

自分で遊びを考え出すのだそうです。

その一節を読んだとき

私の心は決まりました。

テレビは 見る時間を制限すべし!

ぜってー!


生まれてみたらピーヒャララ

子どもの「テレビをもっと見たい」と

わたしの「テレビをもう消そう」という小競り合いが

続いております。

今のところ

見たいものを見たらば

テレビを消す

ということで お互い妥協しております。


かく言う私も

実家の母には テレビを制限されて育ちました。

今でも一週間のうち 自分が進んで必ず見る番組は

「世界ふしぎ発見」 のみとなっております。


そのわりの育ちブリですが…


主人も 主人の両親も

テレビには全く頓着しませんので

みっぱなし つけっぱなし…

ででんでんでんでん


なので

同居が始まって以来

子どもに

「残酷なシーンを見せない」

「見たいものが終わったら消す」

「ご飯のときは なるべく消す」

というのを 周知してもらうのに

なんどか 気まずぅ~い思いをしてきました。


だけどね。

ここは譲れませんよ

一歩も。

情報の垂れ流し

残酷なシーンの繰り返し

朝から 気の重くなるようなニュースは やめたい。

特に一日の始まりである 朝は

「今日もいいことあるぞー!」

と 思えるような

輝かしい瞬間であるべきだ。


全部 本の受け売りです。


前にも書いたけど

子どもは 意識と無意識の境があいまいなので

夢と現実の区別がない。

いつも夢の中にいる。

そういう存在に 大人が見るような映像を見せたら

アカンのです。


『いま 子どもたちがあぶない』の中では

メディアワクチンと称して

子どもに本を読み聞かせることを勧めています。


ケンカしても

いやなことがあっても

一日が終わる布団の中で

一緒に絵本を読みたいものです。


また

ノー・テレビ・デーという

テレビを見ない日を1ヶ月に1度設けることも推奨しており

このような環境を作るとすぐ

子どもたちは「次に何をしようかな?」

と 考えるようになるのだそうです。

「最近の子どもは…」

と 嘆くのは早い。


そういえば

子供の頃 祖母がお話をして寝かしつけてくれました。

いま思うと ありがたい話です。

おばあちゃん せんきゅー。

昨日も何となく 墓参りに行ってきた次第です。


余談ですが

お墓参り いいですよ。

気を静めるのに ふさわしい場所です。

お線香の匂いとか 花 鐘の音というのは

精神を統一させるように思います。


そんなわけで


特定の宗教には属してはいないが

頼まれなくても 趣味のように

墓参りに行っている わし。

そのうち 能代にある先祖代々の墓に

息子を連れて行こうと考えております。

6代前からのご先祖様と ご対面させにゃ ならん。


かなり脱線してもうた。

テレビと子どもの話だった…


せば!

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2007/07/25

夏を楽しく過ごしたいね

おはようございます。

夏休みです。

子供の頃 母がよく

「早く夏休みが終わればいいなあ」

と 愚痴っていたのを思い出します。



今年はまだ 涼しいので 楽な方だ。

これが 灼熱の太陽で

クーラーのない家で

家族がひしめき合ったものならば

ただちに衝突。


いや 「美は どこにでもあるのだ」。

全部自分が選んでいるのです。

わかってます。

どうやって その「美」に目を向けるか。

日々人間修養…


まず 長い休みを子どもと楽しく過ごしたい。

最近知ったのは

TOSS」という団体の存在。

教育現場は

企業のようにマニュアルがない。

なので 問題が起こるたびに議論になり

その相談で時間をかなり食うと言っている。


そこでTOSSの代表の方は

「こうしたらうまくいった」

という例を 共有しようジャナイカと考えた。

部下が無能なのは

上司がうまく使ってやらないからだ

というのは 本当だと思う。

子どもがやりたい放題になったら

わしのせい。

そりゃ 本人の性質もあるだろうが…。

このTOSSなる団体は 

教師の 教育技能を切磋する場で

たとえば「ごみを拾いなさい」と言っても

誰も拾わない。

でも「ごみを10個拾いなさい」と言えば

なぜかみんなが競って拾う。

そういう 人を能動的に動かす力量をアップしようじゃないか

という団体らしい。


これは すばらしい。

いつも書くんだけど

生徒にただ言っても 全く通用しない。

いかに 「お これはおもしろそうだ」とか

「やってみたい」

と思わせるか こっちが試されている。

うーん…(考えるポーズ)。


自分の子どもはさらに難しくて

お互いに甘えがあるので 

ちょっとやそっとじゃ動かない。

 
でも シュタイナーが言っているように

「子どもは夢の中にいる」。

想像の世界にこちらがはいってしまえば

一緒に楽しめる。


ときもある。笑


でも ごみを10個拾えというのは

ごっこ遊びの延長だよね。

これは使えそうだな。


先のTOSSでは

「こっちを向きなさい」

と言っても向かないが

「おへそをこっちに向けなさい」

と言うと みんな向くと言っている。


命令ではなくて

「え なんだって?!」

という 意外性と

「これは おもしろいぞ」

という 楽しませる感覚が ミソかもしれん。

あとは適度に お父さんや他の家族に任せてみる。

幼稚園の友達を誘ってみる。

預かり保育へ任せる。


たまった水は腐る。

川の流れのように スイスイと

あの手この手で

ひと夏乗り切りたいっす。


お疲れ様です 女性たち。

家事に育児に仕事に われわれはよーく頑張っている。

誰もほめてくれないから 自分で言わなくちゃ。

by 「いないいないばぁっ」の ワンワン


せば!

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2007/06/20

没我的傾聴は仙人の域

新聞の明鏡欄で 赤ちゃんを連れた若いお母さんが病院であった出来事を こう書いていました。

「待合室で 世間話をした人に 母乳か人口乳かと聞かれた。素直に人工乳と答えたら 非難ごうごうだった。母親が仕事をして 家で子どもを見る人がいないと 子どもも大変だ と中傷された。」

このお母さんの心中お察しします。自分もつい先月 子どもと散歩の途中 道端で会った見知らぬおばあさんに 「子ども一人?」と聞かれて 「ハイ」といったら 「一人だば まねんだいな~(一人っ子だと だめなんだよな)」と言われました。ああ言われちゃった と すぐその場を立ち去りましたけどね。

『子どもへのまなざし』の著者 佐々木正美先生は このような世代間のギャップを鋭く指摘しています。先生の世代は こういうことを言うのが当たり前だったようです。私たちは もう核家族化して 親以上の世代にいろいろ言われることに慣れていないので 「干渉された」と受け取るようです。

佐々木先生は 便利で個人のプライバシーが保たれる生活と引き換えに 今は周囲とのつながり コミュニケーションを失った。だから いろんな考えの人とうまく関係を持てることができない と言っています。

でも 一方的に若者側を責めるのではなく 先生の世代側がちょっとした物言いで 若い人たちを傷つけているかもしれない と 反省の弁を述べているのが救いです。

この出来事には 世代間のギャップ 時代に伴う常識のずれのほかにも 考える余地があるように思います。

「没我的傾聴」というものがあります。シュタイナーが 人の話を聞く時に 自分の意見を交えず ただ相手を受け入れる態度を こう表現した。ガイヤシンフォニーでおなじみ 岩木山の麓で癒しの場「森のイスキア」を営む佐藤初女さんの講座で この方法を学ぶものがあったようです。

苦しんでいる人は ただ話を聞いてもらえれば それだけでよかったりします。意見されることは 相手が自分のことを話しているにすぎない。だから 人を癒す場 たとえば臨床心理の現場や イスキヤのような人生の駆け込み寺では 自分を抑えてただ聞くことだけが求められる。

「没我的傾聴」ということを意識すると 自分が ほとんどの会話で自分のことを話しているのに気がつきます。良い方を向く のは 大分習慣になってきたけど ただ客観的に聞く これはかなり難しい。疲れてるとき 悩んでいるときなんかは こっちが聞いて欲しいときもある。いつでも聞ける状態にないからなあ。

日々人間修養 

ついてる…←おつかれ

せば!

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2006/11/06

こんな日もある

20061106_1005_000ほぉ~っ 珍しくお裁縫。雪が降るかもしれん。子供用エプロンをずっと探しているのですが 探すと気に入ったものがないもんですね。作ってみました。あと 子供用の包丁を注文して「お手伝いするんだ!」そうです。よっしゃ がんばれ!

20061106_1004_000これはドーナツじゃありませんよ ピンクッションです。友人Pがくれました。毛糸で細かーく編んであるの。よくできていて 眺めていて飽きません。旦那と息子も これには感心しきりです。エクレアなんかもあるらしい。

20061106_1007_000以前 無印で買った「エコバッグ」。店の中で アルファベットのスタンプをひいこら押してきたものです。そしたらなんと ゴム印と布用スタンプが売ってるじゃあ あーりませんかー!Home Worksにて発見。さっそく買って エコバッグにバシバシ押しました。ちょっと「うるさい」ですが 先日見たSister Act 2の歌の一節。

「なりたいもの 行きたいところがあったら 目を覚まして行動しろ」 
てが。

エプロンにも名前を押しました。これは使える。ついでに教室の教材にも使える。なんてお得なのかしら。

20061106_1037_000布や木に描くマーカーもあったので アルファベットのゴム印と一緒に買いました。クレヨンはMUJIで買っておいたやつ。いつの時代も 落書きはたのし。(らくがきかよ)


〈Message for you〉
            「人生即遊戯」シュタイナー

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2006/08/24

相手にしたことが自分に返ってくる

20040901_0956_000
大鰐に行きました。暑かったけど いつもながらイイ景色でしたよ。ま いつも行っているんです ここに書いていないだけで。そこに ある遊具で 息子がしばらく遊んでいました。

それは 支柱が4本あり 天井からロープが5本垂れていて その先に黄色い大きなボールのようなものがぶらさがっているのです。そのボールに乗っかって 振り子のように揺らして遊びます。

子供が「揺らして~!」というので 乗っけてブランコのようにして押しました。当たり前ですが 強く押すと勢いよく返ってくる。弱く押すと 少しだけ戻る。

そのうち 他のボールも揺らして ぶつかるのを楽しんだりします。同じくらいの力でぶつかると 力が相殺されて 全く戻ってきません。

「ほ~ら 強く押すと強く返ってくるでしょ~!」と自分で言っているうちに 主張が強いと そんだけ自分に返ってくるエネルギーもでかいよな…と 思えてきた。母にいうと「哲学的だねえ~」。おりしも20日に「シンクロニシティという偶然が 科学的であり哲学的な発露だと 書いていたところだった。「科学が哲学に通じている」ということを 「ほらよ」と見せられてしまったように感じ。目に映る~全てのことは~メッセー人(と息子には聞こえる)♪

プロフィールにも書いてある「シュタイナー教育」は 道徳を 算数や理科など 他教科を学ぶ中から会得するという考え方をします。「本当は 全てのことに道徳的な(哲学的な)考え方が含まれている」。まさしく「振り子運動」から「哲学」を知る方法です。道徳は「こうすれば道徳的なんだよ」と教えることがムズカシイですよね。なぜなら 「挨拶してるから俺ってイイ子!」という子が 例えば平気でいじめをしていたりします。そういう一面的な善を教えても 教育にはならない というのが哲学の根底にあるといわれています。

良くも悪くも いま自分に起きていることは 全て自分のまいたタネってことで 誰のせいにもできないね…ふっ… 

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