ハワイ

2008/12/13

イハレカアラ・ヒューレン 櫻庭雅文『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』

200812131340000ゆーきーの降るまーちをー 

わわわわーnote

弘前公園の外堀で 枯れ木残らず花が咲くcherryblossom

久々で びっくらこいた。


今日は サンタクロースになりまして

方々に買出しに行っておりました。

手に入れたかった「ブツ」のサイズが売り切れていて

(ブーツではありません)

もしやと思い 違う店に行ったらまだ残っていたのだった。

shineかなりツイテるねfuji

サンタの面目躍如。


本を読んだよ。

ちょっと 普通の人が読むと ?となる本。

イハレカアラ・ヒューレン 櫻庭雅文『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』徳間書店 2008年11月25日。

第1章「ありがとう。ごめんなさい。許してください。愛しています」たったそれだけの言葉で、誰にでも、いますぐに、ホ・オポノポノの奇跡が起こる!過去の記憶をクリーニングしてゼロの地点に立つことができれば、あらゆる問題は自然に解決される。自由で、豊かな人生を約束するホ・オポノポノのすべてがここに。「BOOK」データベースより

第1章 思うように生きられないのは過去の記憶が原因だった

第2章 本当の人生を取り戻して自由に 豊かに 幸せに生きる

第3章 潜在意識をクリーニングしてあるがままに生きる方法

第4章 人類がこれまで背負ってきた悩みはすべて解消できる

付 録 ホ・オポノポノで開いた素晴らしい人生の扉


これも先のピカソと横尾忠則談義と同様

かつては宗教がやっていたことを

今は科学がやっていることを 別の角度から言い表そうとしている

のか?

ざーっと読んだところをば一つ。


人生がうまくいかないのは

自分の潜在意識にある記憶によって あるいは

これまでの祖先の記憶(地球の記憶も含む)に

私たちの行動が影響されているため。

そういう「思い込み」のようなものを クリアにすることから始める。


しかし

ブルーのボトルに入った水を太陽に当てて飲む

など いろいろな飲食に関する情報や

呼吸法といった いろいろなクリーニングの方法が書かれているのだけど

なぜ ブルーのボトルで太陽に当てなければならないのか

という裏づけが全くない。

突然それが出てきて とにかくそれがよい と。

こういう書き方は 好きではない。

『水は答えを知っている』が エセ科学だとして叩かれていたが

そうなりかねない。


<相手に問題がある と思っている自分の思い込みを消す>

ただ 全部理解できないけど 大事なことが書かれていると感じる。

教育長 医科大学学長 精神科医 などを経てきた著者(ヒューレン)は

犯罪を犯した精神障害者施設に赴いた体験を 次のように語る。

「私はひたすらクリーニングをしつづけましたが 誰も治したり癒したりはしていません。ここが大切なところです。私の中にある記憶を手放しただけなのです。」P38

何かを施すのではなく 

精神に異常をきたし 犯罪を犯した者に対する自分の思い込みを消す。

「ホ・オポノポノは 自分の潜在意識の記憶を消去して本当の自由を手に入れ 本来の姿 あり方をを取り戻す方法です。これは 誰か別の人の悩みや苦しみを解決する場合も同じです。あくまでも 自分自身の中の記憶を消去するのです。」P66

相談やセラピーをする場合も

「相談しに来る相手の中に問題があると思って対処しているかぎり 真の問題解決は望めません。」P67

というところが とても興味深い。

ふつうセラピストは患者の悩みに対するアドバイスをするが

ホ・オポノポノでは 悩みの内容をいっさい聞く必要がないらしい。

…。

この辺は 読んですぐ納得できる内容でもないので 

実行して経験するしかない。


<「誰か」ではなく 「自分」のことを為す>

世の中には anybody everybody somebody nobodyという4種類の人間がいる。

必ずやらなくてはならない大切な仕事があったとすると

その仕事は誰でも(anybody)できるから 誰か(somebody)がやるだろうと思い

誰も(nobody)やらなかった。

みんな(everybody)誰かがやってくれると思っていた。

つまり どこかで100%自分の責任だと考える人がいなければ

問題は何ひとつ解決しない。

何か問題が起きると 国や政治や 「あいつのせい」など 

自分には責任のない言い方をするが 違う 

さまざまな失敗や過ち 病気や事故も こうやって起きている 

と言っている。P39


このことは 著者が初めて語っていることではないね。

養老孟司が「問題は外にあるのではなく あんたの問題だ!」と一喝するのも

Lord of the Ringsで 小さなホビットのフロドが世界を救えたのも

哲学者 物理学者 音楽家であるアーヴィン・ラズローが 

小さな蝶の羽ばたきが 

地球の裏側に到達する頃には台風にまでになるという「バタフライ効果」をあげて

私たち一人ひとりが行動することが大事だ と諭すのも

小さな存在の一人ひとりが 自分の仕事を全うすることによって

物事が成就することを示しているからだろう。

「しかし私は 多くの人たちに この世で起きていることは100パーセント自分の責任だということを伝えなければならないと思っています。みんな 原因は外にあると思っていますが すべての原因は自分の中にあるのです。」P162-3

養老先生ぽい。


<自分をゼロの状態にするということ>

また

「インスピレーションを受けているときというのは ゼロの状態です。記憶は知識をもたらし それによって欲求が出てきたり行動を起こしたりしますが インスピレーションを受けているときは考えずに自然に行動します。」P171

という部分は

先の横尾忠則が『深い河をさぐる』で言っていた

「頭で考えないようにして描いているときは 交信している状態で

彼らの波動が 横尾忠則の身体を通して 絵に表現されていく。

エゴがなく 直観だけで描くと どんどん描ける。」

と通じるね。

「こうしなければ ああしなければ」という状態は

それまでの経験や知恵といった「記憶」に左右されているということだからね。


全体を通じて主張している「全部を自分の問題だとして捉える」

ということが 

具体的に何かをするというよりも 自分をゼロにする

というところがポイントだと思う。


<「無」 「真空」 「ゼロ」>
先のラズロー博士は「無」に関連して こう言っている

The field of cosmic consciousness they experience is a cosmic emptiness-a void. Yet, paradoxically it is also an essential fullness. Although it does not feature anything in a concretely manifest form, it contains all of existence in potential. The vacuum they experience is a plenum: nothing is missing in it. It is the ultimate source of existence, the cradle of all being. It is pregnant with the possibility of everything there is(ErvinLazlo Science and the Akashic Field --An integral Theory of EverythingP155).

(前述の)彼らが体験した宇宙意識とは 宇宙の空白「真空」である。しかしながら 逆説的にそれは本質的な充満でもある。だが それを具体的にはっきりとした形で特徴付けることはできない。彼らが体験した真空は充満であり すべてのものを生み出す場である。そこにあるすべてのものの発展の可能性を宿している(アーヴィン・ラズロー『叡知の海・宇宙―物質・生命・意識の統合理論をもとめて』P155。

この一説の後に 「無」(void)という宇宙意識は

ヨガなど深い瞑想をするものが体験するとも言っているが

座禅をしたときに 「無我になり 周囲と同一化しなさい」

と言われたことを彷彿とする。

というわけで この本にある ホ・オポノポノ ということが 

突拍子もない次元の世界ではない気はする。


<読み終えて>

ハワイ関係の癒し本 他には

ポール・ピアソール『ハワイアン・リラックス』

サージ・カヒリ・キング『ハワイアン・ヒーリング』

を読んだけど

キングの本が 自分にはしっくりくる。

これは 西欧とハワイのシャーマン「フナ」の考えや手法

二つの違いや関連性を説明してくれているので わかりやすい。

その伝えたいことを何も知らない人に対して 

体系だててわかりやすく伝えることは大事だな。


ホ・オポノポノについて ヒューレン博士のサイトがあります。

「誰の責任なのか?」という部分など

私たちが知っている言葉でわかりやすく書いていたので

参考まで。

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2007/09/11

ふるさとは 遠くにありて思うもの

最近 自分のアンテナにひっかかってきたもの。

そりは

「ハワイ」

「笛」

「能代」


まず「ハワイ」

どうも ハワイに行きたい気持ちが収まらない。

計画ではもう少し先なんだが

どうしたものか。

ふと 風呂で「ハワイで弘前ねぷたに参加する」

ということを 思いついた。

2・3年続けて ホノルル・フェスティバルとやらに

参加しているという噂じゃないか。

そう思って検索したら

「笑鬼(しょうき)」

という 「津軽の祭典と民俗のNPO団体」が出しているねぷた

ということがわかった。

来年の春も出すらしい。

興味津々丸。


「笛」は 横笛ね。

今年の春ごろから ずっと「ねぷた笛」を吹きたいなと思っていた。

小学校のときに 全校生徒がねぷた囃子を吹けるように

ということで

全員が横笛を練習したため

一応吹ける(と 思う)。

なんつーか 子どもとねぷたをひっぱって参加していると

鳴り物の方に目がいくんだな これが。

ねぷたに出るなら 笛だ。


ついでに

ねぷただけでなく

青森ねぶたの囃子も 吹いてみたい。

「笑鬼」のサイトを見ると

ねぷた ねぶたで 笛が違う。

獅子舞の笛
神楽の笛
ねぷたの笛 
祇園囃子の笛
五所川原立侫武多の笛
ねぶたの笛 
お山参詣下山囃子の笛 
獅子踊の笛(登山囃子6寸)
お山参詣登山囃子の笛(6寸3分) 
お山参詣登山囃子の笛(7寸)
(「笑鬼」より)

こ こんなに…!


「能代」

去年のちょうど今頃

おなごりフェスティバル という 東北の祭りを一同に会するものを

能代に見に行った。

今年はないらしい。

「また 遊びに行きたいよね~」と

先日 大鰐に行く道中 息子と話していた。

青森ロイヤルホテルについたら

売店に「いぶりがっこ」(秋田県の名産の一つ たくあんをいぶったもの)

があり 「あ 能代に行かなくても売ってる…」

と 思ったりして。

家に帰ってくると 実家から電話があり

「来月 能代に用事があって行くんだけど 一緒に行かない?」

ということだった。

二つ返事で行くことにした。

これ イリュージョンだね(笑)。

まさに 言ったらすぐ実現した。

ついてる。


能代にも「ねぶながし」という 祭りがあり

しゃちほこをかたどった燈籠をひいて練り歩く。

ねぶた ねぷた ねぶながし は

農作業の妨げになる 夏の暑さによる眠気を流す「眠り流し」が原形で

能代は その原形を最も留めているらしい。


「ふるさとは 遠くにありて思うもの」

と 言われるとおり

弘前にいて 弘前を思うことはまずない。

最近 そうではなくて 弘前にいながらここを旅する気持ち

を喚起しようとしてはいるのだが…。

県外にいた頃は 

「弘前に帰りたい」

と 思う瞬間がよくあったものだ。


今 自分の中で思うふるさとは 間違いなく「能代」だ。

この「能代のねぶながし行事『役七夕』」のお囃子は

去年「おなごりフェスティボー!」で書いたとおり

明るい曲調の途中で 悲しげなムードに(?)転調するが

それがとても懐かしく 郷愁を誘うものなのだった。

この曲も吹けるようになりたい…と 思い 調べたら 

★黒笛…12,600円(税込)

★黒赤巻笛…14,700円(税込)

★黒籐巻笛…16,800円(税込)

いずれも高級錦織袋・楽譜付

(ササキ楽器)

楽譜付 いいねえ~!

高いけど 楽器が一万円台で買えるのは 安い方だ。


しかし

いきなり ねぷた ねぶた ねぶながしの笛を一気にそろえる

つーのもなんだな…


考えておこっと。


ふるさとの祭り 再発見中です。

せば!

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2007/05/19

津軽でハワイ

200705191606000 見てくれー この力作を!

勘違いしないでくれたまえ。私が作ったんじゃないよ。

(誰も言っておらん)

友人Sが ハワイ好きの私のために作ってくれた ハワイアンキルトのクッションっす。

教室にハワイのものを飾ってたりしているのですが 持っていって生徒たちにも自慢しよう。

ステキ!ありがとう!

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2007/02/08

ハンク・ウェスルマン『スピリチュアル・ウォーカー』

ハンク・ウェスルマン『スピリチュアル・ウォーカー』真野明裕訳 早川書房 1996/6/30。
龍村仁監督おススメの この本を読んでみた。

内容(「BOOK」データベースより) 本書は、どんなに突飛に聞こえようと、すべては著者の身に起こった現実の出来事である。人類学者である著者がハワイ大学で教鞭をとるため、家族とともにカリフォルニアからハワイ島コナに移り住んだときから、それは始まった。著者の意識が強烈なエクスタシー感を伴って肉体を離脱し、別の人間の体に入りこんでいったのだ。著者の意識が入り込んだ人間は現代でなく、なんと5000年後の地球に生きていたのだ。未来の想像を超えた人類と文明の姿、そして著者が託された未来からのメッセージとは。予言と警告と驚愕に満ちた類例のないノンフィクション

著者は あるきっかけを元に 5000年後の地球にいた「ナイノア」という名の人間に憑依してしまう。そして ナイノア=著者が 大洪水で絶滅した今の私たちの文明跡を確かめるために  カヌーでハワイからアメリカ大陸に渡る。その失われた文明は 今の私たちの文明。この物語は このままのやり方でいけば 将来私たちの文明は絶滅に向かうことになるという警鐘を鳴らしている。まるで「猿の惑星」だよね。

聖書にノアの箱舟伝説があるように その他にも 世界には洪水で文明が滅んだという言い伝えがある。結局 歴史は繰り返されるの言葉通り 私たちはこのまま行き着くところにまで行かなければ 贅沢をやめない ということなのかもしれない。

と 真面目なことを書いたけど 実はこの本を読んで一番印象に残ったのは ナイノア=著者が 赤裸々に性描写をしているというところだった。現在にあっても未来にあっても…。そこまで書かなくていいんじゃないの?と。その 超現実的な感覚にトリップしたときに ナイノアに憑依するらしい。ほぉ~っ。

洪水といえば いま盛んに地球温暖化と言われているけど 実はこのことに懐疑的なマスコミもアメリカでは多いのだとか。予測だから 本当のところは誰にもわからないけどね。自分の信ずるところにしたがって行動するしかない。アル・ゴア『不都合な真実』でも読んだほうがいいのか。

余談だけど こういう現実離れをした物語では 先月読んだジェームズ・レッドフィールド『人生を変える力』の方が好きだ。これはフィクションだけど 未来に希望が持てる。チベットの山奥に シャンバラ(シャングリラ)とよばれる理想郷があって そこに暮らす人々は 今の世の中では到底想像できないような方法で 私たちが対面しているさまざまな困難を排除し 満ち足りた生活を送っている。その世界こそ 私たちが目指す方向だ ということ。貨幣が存在しない経済 とか とてもおもしろい。じゃ そっちを書けよ…

せば!

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2007/01/22

石川直樹くんは いまハワイ

よっぴーは 今ふぇろさぎ(弘前)… さむい。

図書館で『いま生きているという冒険』を借りた縁で 石川直樹くんのホームページを足しげく訪れている。いま彼は ハワイにいるそうです。今年の春に ポリネシアの古代カヌーを模した双胴船「ホクレア号」がミクロネシアを経て日本に来るのだが その出航の撮影なのだとか。

そのホクレア号は コンパスやGPSなどの近代計器を使わず スターナヴィゲーション(太平洋に古くから伝わる伝統的な航海技術)を用い 数ヶ月かけて日本まで航海してくるのだそうです。

おお。やれエウロパだ インドだ と書いていたけど 忘れちゃいないよ 心のハワイ。

つい先日も 図書館でむったど(しょっちゅう)借りているサージ・カヒリ・キング『ハワイアン・ヒーリング』を 紀伊国屋で見つけ 小躍り。本買いすぎ。

自主上映映画『ガイヤ・シンフォニー』シリーズで知られる 龍村仁監督も 『スピリチュアル・ウォーカー』ハンク・ウェスルマン(早川書房)という ハワイにまつわる本をおススメしています。

ハワイは 地球の記憶をとどめている場所であって 現代人に伝えるべき叡智を残している。アトランティス ムー など 旧世界との関連もおもしろい。

石川くんは 99年の夏に 初めてハワイ島に行ったそうだ。極めて数少ない海外旅行の内 自分も99年の夏にハワイ島に行った…と 勝手に喜んでいる。その頃にとても興味を持っていたのが 縄文人とポリネシアのつながり。双胴のカヌー ガタスキー コマ あやとり など 日本と共通するものも 少なくない。「カヌー」は「加納」につながり 文字通り「カヌー」を祭った加納神社なるものも存在する。

アジアに住む人間が海を渡り 日本やポリネシア 果ては南北アメリカ大陸に行き着いた。それらの人々は 私たちと同じくモンゴロイド(黄色人種)で 蒙古斑をもつ。いま私たちは 散り散りに別の場所に住んでいるけど もともとは同じところに住む仲間だったんだよね。アメリカ大陸にある地上絵には 1万年にも及ぶモンゴロイドの大航海を描いたものもあるそうです。そう考えると まさに「地球は一つ」byガッチャピン ですな。

石川くんは 現在 多摩美術大学芸術人類学研究所研究員。この「芸術人類学」という耳慣れない学問は 芸術(Art) 霊性=贈与(Spirituality=Gift) 経済(General Economy)という芸術人類学をつくりあげる「三位一体」で構成されている。そこから6つの研究部門 I―「神話の生命力」 II―「野外を行く詩学」 III―「芸術の発生学」 IV―「ユーロアジアをつらぬく美の文明史」 V―「生命と脳」 VI―「平和学の構築」という 外界への領域へつながるのだそうです。

こういった 地球全体+人類全体な 俯瞰的な視野で物事をとらえようとする人々 たとえば石川くんや 坂本達さんといった世界中を旅してさまざまな人種と国に出会った人たちであって 一般人が一生かけて出会う出来事(もしくはそれ以上)を 凝縮して体験してしまっている。だから 彼らの言葉や行動には 「何が本質かを知っている」態度が表れているように感じます。

今年は弘前もかなり雪が少なく 海外でも異常気象で 地球温暖化防止が叫ばれています。 地球規模の次元で アーヴィン・ラズロー 龍村仁 身近なところで宮崎駿 といった表現者たちが 温暖化に限らず私たちに「開眼」を促している。私たちはそれを受信し 行動に移せということなんだろうと思います。

うーん 今日もカタイ!65点。

石川(steinbeck)という名前にも ハワイにも 勝手なご縁を感じる私でした。

せば!

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2006/09/05

「ウクレレで 自分は誰でどんな人間かを表現したい」

ジェイク・シマブクロ

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2006/07/06

『Hawaiian Suite』

夏!ということで ウクレレの神様といわれている 日系アメリカ人 Herbert Ichiro Ohta(ハーバート・オータ)のCDを聴いています。彼の通称は「Ohta-san オータサン」。3年くらい前に 初めて買ったウクレレの曲集。いかにもハワイアン といった曲ではなく ジャズテイストによるハワイアン組曲(Suite)なのです。曲全体もさることながら ジャケットの写真も とてもおしゃれです。

このCDを買ったのは 同じく3年前に ウクレレを買ったのがきっかけです。オータサンという名前に強烈なインスピレーションを感じて(笑) KONISHIKIのCDと一緒に買いました。ウクレレは まともに練習しないので 全く上達していません。が 時々出して 磨いたり チューニングだけはしています。そういう「作業」が とても落ちつきます。ああ ナンでもイイから音楽やりたい。んでもって ハワイに行きたい…

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2005/09/11

ハワイについて(本 2)

サージ・カヒリ・キング『ハワイアン・ヒーリング ポリネシアの癒しの智慧』

先日図書館から借りたこの本で一番印象的だったのは ハワイの精神世界やその力のすごさではなく ポリネシアの人々がどこからやってきたのかということだった。このポリネシア人の由来は カフナと呼ばれる「秘密の伝達者」の一人が 著者に話したひとつの思想の歴史だという。事実として受け入れるのが難しいなら 言い伝えだと考えればいい とことわった上で 以下のように述べている。

「アトランティスが興るよりもはるか昔に 現在プレアデスとして知られているある星団から ある種族の人々がこの太陽系にやってきた。(のっけからこの展開!)その星々の人々は 破局を逃れ 平和を見出そうと地球にやってきた。だが 地球には元来住んでいた人も 高度な知能をもつ恐竜もおり 領土の支配権を巡って戦いが絶えなかった。」

「最終的に彼らは 今日伝説でムーとして知られている太平洋上の大陸に落ちついた。ムー一族(昔こんなタイトルの番組があったな~)は高度なテクノロジーやサイキック・パワーを持っていたため 世界の人々はムー大陸に学び またムー一族は世界に教師の使節を送り出した。ムーと民間人の間での婚姻が進み ムーの能力や記憶を引き継いだ子供が生まれた(P27)。」

「地球上で 多くの世紀に渡り順調に物事が進んだ。世界的な文明が形成されつつあった時 ムーたちは太陽系の別の惑星に定住した仲間の援助要請を無視した。その姉妹星は 破壊兵器の開発をエスカレートさせ ついに自らの惑星そのものを爆発させた。惑星の完全な消滅は 太陽系を揺るがす大異変を引き起こし 地球も軌道を移動した。変動の圧力で天変地異がおき ムー大陸は沈んだ。(P28-29)」

「世界が原始的な状態に逆戻りしたため 文明の再構築が始まった。ムーたちは非難を浴び 迫害から逃れるため 身を隠した。この「小柄で勤勉 魔法の力をもつ小人」(つまりムーたちのこと)は 全ての文化の中で見つかる物語の起源となっている(ドワーフ コロボックル の類か?)。(P29-30)」

「未来少年コナン」か はたまた「猿の惑星」か。波乱万丈奇奇怪怪 この続きはまた今度!(つか 長くてまとまらない)

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2005/09/10

もこ

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え~軽い話題を一つ。
今日友人たちと4人で 念願の「ハワイな店」に行ってまいりました。ハワイを感じさせる洋服や小物 サーフィンのボードなども置いてある店と カフェが併設されていました。ちょうど夏物のセールになっていて 友人はポロシャツを買ったんですよ。aloha airlineのTシャツ(なぜかホンジュラス製)や アロハシャツ的な生地のパンツなど ハワイに飢えていた私にはとても嬉しい品揃え。たとぅーをいれたかっこいいお兄さんも気になります。津軽にもサーファーがいるんだな これが。

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食事は せっかくなのでロコモコを注文。ウクレレ型のプレートに入ってきました!サラダ付で デンファレが飾ってあったりして なかなかどーして。とてもおいしかったです。ただ セットの「コナ・コーヒー」というのをアイスで注文したのですが 「ネスカフェだべ?」としか考えられない味でした。ま +100円でコナ・コーヒーが飲めるわけがないので よしとしよう(説明しよう。コナ・コーヒーとは ハワイ島コナ地区産のコーヒーで 100%ピュアだと100gで1000円はするのだ。)

個人的な感想ですが あの経営者の内輪で楽しくという雰囲気は 万人向けではないな…と感じました。お店の名誉のためにフォローしますと それでも友人は おいしかったしよかった と言っています。私は サーファーで日焼けしていなくても落ちつける ハワイなお店を求めております。←そういう人は ハワイに行くしかない

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2005/08/21

ハワイについて (本 1)

夏ということもあり ここ1ヶ月くらい自分の中のハワイモードが高まっています。好きな本を一つ。

Night Rainbow 祝福の虹』高砂淳二 小学館 
世界で初めてという「月光で現れる虹」をとらえた写真集です。私の中で 「雨」と「虹」はこれまでもラッキーなことが起きる前触れであり 気持ちが落ち着くものだったので この写真集があると知った時 ぜひ手に入れねば…!と決意したものでした。

この本で印象的なのは 夜の虹という珍しい現象もちろんなのですが ハワイの精神世界にも触れているところです。脈々と受け継がれたハワイアンのスピりチュアリティーを エピソード的に紹介しています。また 著者がいかにこのスピリチュアルな虹を見つけるに至ったかが シンクロニシティ(何かを考えていた時に 偶然のようにその出来事が起きるという共時律)続きの出来事で綴られ 興味深いです。

<心の中のハワイ>
ハワイに行きたい!と思ってハワイに行っても 結局津軽の景色とダブります。弘前にいる時はハワイを思い ハワイにいれば弘前を思うというこの矛盾!ハワイ好きの友人Mが弘前に来た時 こう話していました。「ここハワイみたいだね」。

彼女は川崎市の人間なのですが 車で移動して色んな所にドライブして行く感覚が ハワイに行った時と同じだというのです。ちょうど2年前のねぷたの時期でした。そして どこにいても突然 ハワイの景色とダブる時があるし ハワイの空気を感じることがある ということが 彼女と私との共通意見。そして 心の中のハワイにはいつでも会える それが私たちの結論でした。

わざわざ真冬の津軽鉄道に乗ったり(ストーブ列車) 地吹雪ツアーに参加するハワイの人や沖縄の人がいるそうです。雪に苦しんでいるこちら側からしてみれば それは本当にご苦労様なことなんですけどね…。眼前にさんご礁の海が広がっている人にしてみれば きれいな海など 珍しくもなんともない。でも雪や寒さというのは 魅力的な未知の体験というわけです。

何年かにたった一度の幸せ 例えば私にとってはハワイに行くことがその一つなのですが これは本当にキリのない欲望。行っても行っても満足がない。でもハワイの人にしてみれば この津軽に住んでいることが実は幸せだったり 面白かったりする。そう考えると 日常を「旅」する必要性がある と思わざるを得なくなってきます。

例えば写真になにげないいつもの風景や生活風景を切り取ること。わくわくするようなイベントにこちらから赴いてみること。自分で面白いことをやってみること。弘前とハワイの共通項を探してみること。弘前にあるハワイ(店や本等)を探すこと…。自分の中で 心の中のハワイを感じる場所は やっぱり大鰐です。なぜなのかは説明できないのですけど。

エラそうなことを言ってますが これは全く しょっちゅう海外に行けない者のひがみなのです。はっはっは。

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