パラダイムシフト

2009/10/15

佐藤初女講演会 ビデオ上映会「出あいは未来をひらく」より 2

<質問コーナー「分かち合い」>

講演のあと あらかじめ渡されていたアンケート用紙に
メッセージや質問があれば書いて
その場で先生が答えてくれるという時間に…


何か人のために役に立ちたいと思うが どうしたらよいか
というような質問に対し


「とにかく動いてください。簡単なことからやらなくなるものです。大概 何かをしたいという人に やってみてと言うと 『年をとっているから』『体の調子が悪いから』『お金がないから』と言い訳をする。そうではなくて 動く。」

また
大変なことがあったときは 今だけを生きることに専念する。
先々どうするかということを思い悩まない。
ずっと後になってみると そのことが懐かしく感じられたり
あのときが大変だったからこそ 今とても幸せだと感じる日が来る。
そういう自分の体験からお話している。

「話したことをやっているのではなく やったことをこうしてお話しているのです。」

という言葉も 心に残りました。


<自分の現実>

すばらしいお話とは別に
こちらは 講演を聴くために 「パパッと」昼ごはんを用意して
行く先々で駐車場が満車 仕方なく会場の入り口で

「どこも一杯で入れない」

と言っても「え~ッ」という顔をして信じてくれない誘導の人についエキサイト
やっとのことで入場したら(つまり 本当は停められるのですannoy

どういうわけか 会場に暖房を入れていないので 聴衆がブルブル
舞台上では 何やら天井からブラブラしているものが…

暖房を入れてほしかった…crying


会の進行の途中で数回 

「今回上映したDVDを 記念にぜひお買い求めください」

という司会者からの宣伝があり
書籍やDVDなどの販売が 2箇所で行われていた。

勝手に崇高な会のイメージを作っていたせいか
講演とは別なことが一人歩きしているようで 釈然としない。


質問コーナーがあまりにも長引いてきた+寒くなってきたので
失礼とは思いつつ 途中で退席させていただいた。
かなり粘って聴いていたんだけど
どうしてもsweat02お手洗いに 

会場を覗いたら 質問がまだまだ続いていたので 帰ることにした。
この間 同じ様に感じたのか かなりの人が席を立つ。
疲れたのか 誰かの子どもたちが 至る所で泣いてたね。そりゃそうだ。


と この一連のできごとに
ボランティアの方に 「絵に近づきすぎないでください!」と制されてムッとした
奈良美智が初めて吉野倉庫で展示をした時のことを思い出した。

志を共にする仲間が集まっての 試行錯誤の手作りの会
きっとそーだ 
↑自分に言い聞かせる

ターシャ・チューダーや マザー・テレサを彷彿とする
初女先生の生き方や言葉を聴いて
いろんな感情に翻弄されている自分が 試されているように思われる。

かくして 修行は続く…

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2009/10/14

佐藤初女講演会 ビデオ上映会「出あいは未来をひらく」より

Dscf0190
5年ほど前 『地球交響曲第5番』を見に行ったとき
上映後に龍村仁監督の講演がありました。
お話が終わると 佐藤初女先生が壇上にいらして
監督に花束を渡したことがありました。

その時以来 一度はお話を聴きたいと思い
ついに念願がかなったところです。


まず DVDの上映があり 続いて講演がありました。
DVDでは 実際に初女先生が 森のイスキアで過ごされている様子が紹介されました。
全国から いろいろな悩み事を抱えた方が
入れ替わり立ち代わり訪ね 交流している様子が写されていました。
梅干を天日に干し 一つ一つ丁寧にひっくり返しながら

簡単にパパッとやることもできるが そうではなくて 一つ一つていねいに行う。その一つ一つの手間が 後になって結果に表れてくる。

というところが 心に残りました。

<講演 佐藤初女さん語録>

料理の仕方は その人そのものを表していると言える。

調理は物理 調味は化学。

食べることは生きること。

「おいしい」と感じたときに 生きる気力がわいてくる。食べた人に おいしいと思ってもらえる方法を考える。

いまは「忙しい」が合言葉のようになっている。そうではなくて 時間をかける。

手間をかけることです。手間をかけることは 愛情をかけるということです。愛情をかけることには 時間がかかります。

子どもがいるから すぐお母さんになるのではなく 本当の「母」になるということは 難しいことである。

ここ15年で 出会いが変わってきた。講演会や勉強会をやった後 実際にイスキアのような場所を作ったり活動する人たちが全国に増えている。

青森県は後進県だと言われ 東京など都会に出て生活することが良しとされた時代があった。これに限らず いいと思ってやってきたことを 一度これでいいのかどうか見直す 軌道修正をする必要がある。


弘前は 桜がきれいな観光名所だから 黙っていても人は来るだろうが それだけではなくて 「心」でお迎えする。


著書にも書かれている通り
食べ物は植物や動物の命であり 命を移し変えて 私たちが生きていること

誰かの話を聴くときは 自分の考えを言わずに ただ無条件に受け入れる(傾聴)
つまり 「母なるもの」になる

などが お話の根底にありました。

初女先生は 『地球交響曲』に出演されて 全国に知られるようになったそうですが
その龍村仁監督との出会いを引き合いにし 
出会いが出会いを呼び 連鎖することで どんどん道が拓けることを強調されました。


こうして上映と講演を振り返ると

先日「グラン・ジュテ―山口絵里子編」で書いた

「それまであるものが正しいとは限らない
今まで正しいと思われてきたことを変えなければならない」

「草の根からゆっくりていねいに」

に 大いにつながるところがあるように思います。

山口さんの立ち上げたバッグ・ブランドの会社名は
「マザー・ハウス」でしたね。
マザー・テレサの家 というつもりでつけたかどうかは知らないけど
「母なるもの」につながるかな。

つづく

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2009/09/29

賢いコーヒーの選び方を考える

約1000年前に描かれた 京都の青蓮院にある国宝 青不動は

国家の安泰 皇室の安寧を守ってきた絵であるが

9/18にご開帳 一般に公開されたそうだ(青蓮院では初)。

理由は「天変地異ならびに大事変、流行性疫病の鎮静」や「人心荒廃し内外に多難な不安多き今、特に万民の諸願成満」などを願うためと開闢(かいびゃく)法要で表明されました(毎日jp)。

一人の力ではどうにもならないような

100年に一度あるかどうかの危機的状況だ

との 判断からだそうです。


1000年前の絵が 100年にあるかないかの危機のためにご開帳された

そういう時代です。


さて 近視眼的な利ではなく 大局をつかむ目線を持つ

というものを 

皆さんと一緒に『エンデの遺言』で学んだところ

(勝手な言い分happy02

何を選ぶかが いますごく求められている と思う。


まずは

耳にしたことはあっても 

積極的に買おうという気がなかったフェアトレード商品について。 


こんな映画があるのを発見。

『おいしいコーヒーの真実』

1年間やめてみて 4月からまた飲み始めたのはいいが

この 労働力の搾取状態は コーヒー好きをげんなりさせる。

何とか 精神的にもおいしいコーヒーを飲みたい。


そんな折 ヨーカドーのチラシに

グッドインサイド認証コーヒー」というものが載っていた。

「グッドインサイド認証コーヒーは生産者とその家族の健康・安全・住環境・自動への教育環境等にも配慮して作られ 生産地の自然環境に配慮した農法に基づいて生産されたコーヒーです。」

キーコーヒーが出している 「人と環境に配慮したコーヒー」が

それぞれの銘柄100g 各298円 となっている。


グッドインサイドについては

まだ知ったばかりなので どういう団体なのか把握していないが

上記に書かれているのを 実行しているとすればすばらしい。

キーコーヒー

の試みも よくこれから読んでみようというところ。


これまでは コーヒーの銘柄や 

有機栽培かどうか ということを基準に選んでいたんだけど

フェアトレード商品ということを意識しようと思う。

いまはもう エコが定着して

(それも商業化しすぎていると言われているけど)

一人ひとりが意識することで 大きな波を作ることはある。


エンデが 

「経済問題は 政治では解決しない。経済人が連携して行わなければならない」

と言っていたけど

こういう試みがもうすでに広がっているというのは 驚き

そして 自分が何たる無知であったかを知る思い。

目指せ 賢い消費者。

おりしも10月1日は コーヒーの日だとかで

選択の仕方を考えるに ふさわしい時期かもしれない。

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2009/09/25

鳩山首相の国連スピーチから

元気ですかー!


鳩山さんが 英語で演説した(原稿を読んだ)ということで

ちょっとテレビを見ただけでも どの局にも再三入っていた。

奥様の

「努力賞でございます!」

も 何度となく見る。

ビートたけし(さん)が 彼女のことを

「官邸にUFOで来る」

と言ってたねhappy02

(これは 鳩山幸さんが 「金星に行ったことがある」

という発言をしたことを受けてのこと だと思われる)

就任の場に 奥様を招待した初めての首相とかで

やっぱり今までとは何か違う新しいリーダーに 注目している。


オバマさんの就任演説が 勇気をくれるとかで

ちょっと前に オバマスピーチ本が流行

それに乗っかって CD付のものを買ってみたんだけど

政治のウンチクは皆無だが

要人や有名人の英語のスピーチは おもしろい と思う。

村上春樹(さん)のスピーチも いがったしな。

鳩山さんのスピーチもどれ~ と思って ネットで検索

Hatoyama promises action on host of challenges in U.N. speech

さすがにまだ全文はないようだ。

パソコンの翻訳くんがだいたい訳してくれるので 助かる。

ところどころ「は?」と思うところだけ 自分で考えるcoldsweats01

パソコンやDVDの英語字幕を使うと いい教材がすぐできる世の中shine

文明の利器の恵みを 存分に享受しよう。

あとは自分のやる気だけ

ハッハッハ


気になる「友愛」は fraternity でした。

fraterはラテン語で brother兄弟 の意らしい。

日本語でいう友愛と 英語のfraternityでは ちょっと受ける印象が違うな。

友愛というと 人類愛 博愛 みたいな勝手なイメージがあったけど

英語だと 「寮 社交団体 クラブ」で もっと狭義的らしい。

鳩山さんが 変なクラブの人でないことを祈る。


今の気になる大きな流れは

1.アメリカが平和への路線を歩き出したように見えること。

オバマさんが大統領になり 非核宣言をしてから

福山雅治(さん)が 被爆2世であることを告白したり

三宅一生(さん)が 自らの被爆体験を

『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿で初めて公表するなど

日本でも変化が表れていること。

2.そしてその流れの中にある日本と

新首相の鳩山さん&奥様(二人はセット)の 友愛社会とやらについて

3.「核兵器なき世界」へ決議 安保理全会一致で採択された世界が

マヤなどの古代文明で言われている

2012年にあるという 天文学的な見地から見た地球のシフトチェンジと

どう関わってくるか。

前に書こうと思って 結局データが多すぎてまとまらない

アリゾナの先住民族「ホピ族」も この説を唱えている。

ホピ族は 国連にも物申しているそうですよ。

アメリカ大統領をはじめ、多くの人々や国連本部に送られた「ホピの予言」に言及した前代未聞の書簡は、長い間無視されつづけられた。しかし、その後の宗教戦争や民族戦争の頻発や次第に勢いを増してきた環境破壊によって、人類の将来に暗雲が立ちこめて来るにつれ、「ホピの予言」は多くの人々に受け入れられ、人類の未来を真剣に考える人達にとって貴重な資料となり、彼らのバックボーンとなっていった。 (上記サイト ホピ族の神話より)

また 『叡智の海・宇宙』の著者 アーヴィン・ラズロ(さん)が提唱している

「ワールド・シフト」

これも英語だけど 

翻訳くんに訳させて ぜひ見てみてね。

『叡智の海・宇宙』にも ホピ族が出てくるんだけどね。

ついでに マヤカレンダーという古代の暦

これによると2012年が今の世界の終焉らしい。

アセンションというやつです。


木村秋則さんが UFOの中で見たという

地球の終わりを告げるカレンダーが 気になります(『すべては宇宙の采配』)。

木村さんとアーヴィン・ラズロ(さん)は おそらく

それまでもう時間がない ということを知っているので

本を書いて 私たちに知らせているはずだ。

ぜひ二人は 対談してほしい。


もちろん 普段の生活 趣味 仕事もとても大事

人と会って 食べたり お酒を飲んだり 日々楽しんでいるし

仕事も家事もこなす。

当たり前だけど いつもここに書いてあることだけを考えて 

生活しているわけじゃない。

書くと 大げさに聞こえるけど

こういう普段の生活だけではない視点が求められている気がする。


情報が大量に流れて 集団が影響を受けて

大量に消費して 大量に金を集める世の中だから

一人の行動が 世界に影響を与える ということがわかってきた。

だから 末端の一民間人も 大局をつかむことが大事だな

思っています。

せば!

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2009/08/01

リサ・ランドール+若田光一『異次元は存在する』とアーヴィン・ラズロ『叡智の海・宇宙』-異次元とAフィールドを考える

リサ・ランドール+若田光一『異次元は存在する』  日本放送出版協会  2007/05。

リサ・ランドール:ハーバード大学で 数式を使って物理の法則を研究する理論物理学者。

「1998年 ランドール博士に5次元時空研究のチャンスが訪れる。博士は当時 マサチューセッツ工科大学の教授として素粒子の共同研究をしていた。そしてこの研究で 原子核を構成する素粒子のなかに この世界から姿を消すものがあるという矛盾にぶつかる。なくなるはずのない素粒子が姿を消すのはなぜか。私たちの世界を取り囲む別の次元があると仮定すると 矛盾が解決することに ランドール博士は気づいたのだ。」P19

5次元て。

ドラえもんのポケットでさえ4次元だというのに

↑常にこのツッコミ


4次元より高い次元は 余剰次元と呼ばれ

その形がどのようなものかは 科学者の間でも議論があるそうだ。P9


私たちが住む3次元は バスルームのシャワーカーテンのようなものであり

私たちは カーテンにある水滴である。

私たちは 水滴がカーテンに張り付いて下に落ちていくように

3次元世界を移動することができる。

しかし 水滴がシャワーカーテンからバスルームにとびだすことができないように

私たちも 5次元や6次元などに飛び出すことはできない。

このように 私たちは 3次元という「膜 membrane」に張り付いている。P12-14


一塊のパンを スライス状にして 並べてみる。

5次元や6次元の世界は

パンの塊を何枚かにスライスした内の一つのように

3次元世界の隣に存在するのかもしれない。P14


その 異次元とやらを探るために

2008年に cern 欧州原子核研究機構で実験が始まった というが

どうなったんだべね。


<これを読んで 素人の素朴な疑問>

ランドールの述べるところの異次元が

ラズロのAフィールドとどう関わってくるのか。

体外離脱を研究したロバート・モンローのフォーカス・レベル(意識の階層)

との関わりは。

「水滴がカーテンを移動することはできても バスルームに飛び出すことはできない。」

でも 水蒸気になったら バスルームに飛び出せるだろう。

液体は 構成分子または原子の間隔がの間隔が気体より狭く かなり強い作用を及ぼし合っている。

気体は 流動性に富み 密度が低く 定まった形がなく 容器中ではその内部全体に広がる。

(三省堂スーパー大辞林)

物質は 実は量子化された波束に包まれたエネルギーなのであり(『叡智の海・宇宙』)P156

世界のすべては振動なのだ 同P221

とすれば 

人間の肉体も物質であるから 量子化された波束に包まれたエネルギーであり振動している。

「世界のすべては振動なのだが 生きている者と死んだ者は周波数が異なるために分離されているのである 」同P221

であれば

死んで 周波数が異なるものへ変わった「私たち」は

水滴が水蒸気になるように 3次元の世界から飛び出すことができる

死んで3次元から飛び出した私たちは 異次元という死後の世界へ行く

と考えられないだろうか。

ランドールの言う5次元という世界は ラズロがいうところのAフィールドなのだろうか。

余剰次元は モンローの意識の階層か。

それらと UFO・宇宙人といった宇宙存在との関係は。


自分の想像では

これまでの読書体験などから

魂というものがあたかも 人間のように動き回って

霊媒師は 直接それらとコンタクトをとっているのか?

と思っていた。

エリザベス・キューブラー・ロスの著作群は

その事例の典型だと思うのだが

ラズロは

私たちが その死を悼む人とのコミュニケーションに入るときは その人と直接コミュニケートするのではなく その人の体と脳によって作られたホログラムをAフィールドのなかで読むのである

という。

では 霊媒師が 

マスターと呼ばれるものと話して 知恵を授かるのも

自分の体と脳で作られたホログラムを Aフィールド上で読んでいる

ということだろうか。

また 霊を目撃した 

ドッペル・ゲンガー現象で 生きている人の二重身を見た

宇宙人とコンタクトをとった

ということも 同様のことが言えるのだろうか。

それとも 別物であろうか。


<輪廻転生に関する 別な概念>

イリノイ州の Grief and Traumatic Loss Centerの所長

精神療法医のアラン・ボトキンは 3000名近くの患者に

ADC(After Death Communication 死後のコミュニケーション)を引き起こすことに成功したとし

ラズロはボトキンの著作から 次のADC体験の例をあげている。


マークは 自分が起こした交通事故によって 

相手側の車に乗っていた人たちが亡くなってしまったため

深い悲しみと罪悪感にさいなまれ 2度も自殺を試みるまで追い詰められた。

ボトキン博士の誘導により ADC体験を試みたところ

亡くなった家族とコンタクトを取って和解し マークは重荷を下ろすことができた

というものである。

ボトキンによれば ADC体験は 錯覚や病理学的妄想でもない。


ラズロは このADC体験について 次のような興味深いことを述べている。

被験者たちが 故人と実際に会っているとすれば

死者が何らかの形で 別の次元の現実の中に存在することを示し

肉体の物理的な死後も 人間は存在しているということになる。

だが それは真実ではなさそうである。

より可能性の高い説明は “情報体としての宇宙”である。

自分が考え 感じ 知覚するというすべての体験を保存する

ホログラフィック・フィールドであるところのAフィールドに書き込んでいる

ということである。

私たちの脳は これらのホログラムの要素を読み出すことにより

脳死体験や変性意識状態の経験で現れる記憶の再生ができる。

他人のホログラムも読み出せるので 他人の体験も追体験できる。

P225-6言い換え引用

つまり 情報の場である宇宙のAフィールドは 宇宙に存在する万物の場であると同時に意識の場でもあるがこれが私たちを不死にしてくれる。これは 昔から考えられてきた不死とは異なる 現実的な不死である。これはまた 従来の意味での不死の証拠と解釈されてきた事実とも矛盾しない。…「前世の体験」は まったく真実味がないというわけではないが だからといってこのような体験が本当に前世に由来するものであるとは言い切れない。永遠の魂の顕現ではなく 永遠の情報の読み出しである 別の形の輪廻転生というものが存在するのである。」P228-9

この部分について 自分はこう考える。

私たちは 家族や友人を失ったとき 悲嘆にくれてしまう。

そんなとき 霊媒師が 死後も死者とコンタクトをとり

あるいは 自らがコンタクトをとれるようになった という現象が現れるとき

当然 私たちは それらの者が死んでもなお 私たちを見守ってくれている

と 思いたい。

自分たちが死んでも 無になるとは思いたくないし

亡くなるときに 先に死んだ愛する者が迎えに来てくれた 

と思うのは 自然な感情だ。

死というものが未知で 不安だからだ。

魂が不死であり 永遠に存在するのではなく

単に Aフィールド上の永遠の情報の読み出しだ 

と言われると 途方に暮れてしまう。


でもここで Aフィールドという概念が 大きな意味を持つだろうと想像するのは

人間の主観的な「感情」に左右されない 客観的な表現の方法だからだ。

臨死・死後体験 前世という 感情に傾きがちな分野を

他の科学などの分野とアカデミックに統合していけるのではないか

細分化されバラバラに研究を進めている全ての専門分野が壁を越えて 研究を共有することによって 

新しい発見が期待できるのではないか という希望を与える。

それこそが ラズロ博士が40年間行っている研究であると考える。


もちろん 生きていることには感謝すべきだし 

何かに生かされていると謙虚な気持ちをもち 

人為が及ばない自然や宇宙の摂理を敬い 畏れるのも必要だ。

しかし 「神が 人間を作られたもうた」

という宗教的表現をするのは もはやシステムのひとつの「支配の方法」

洗脳を助長する側面を否めない。

メッセンジャーは メッセージそのものではなく 媒介である とよく言われる。

神様や教祖様が あなたを助けるのではない。

E・K・ロスが 

「人生を本当に生きたかったら グルもバーバもいらない」

と言っているのは

すばらしい師や教祖などが 自分を救ってくれるのではなく

「全てはすでに内にある」

つまり 瞑想 夢 踊りなどを含む変性意識状態 精神病 臨死・死後体験

といった 常識に支配されない脳状態では 

自分が直接 Aフィールドにあるこれまでのすべての情報にアクセスできる

それによって 大いなる叡智から自分で学ぶことができるからだ

と言えるのではないか。


ランドールとラズロの提唱する異次元とAフィールドは

魂や輪廻転生ということについて 新たな見方の1つを提示してくれた。

それでも 宇宙はまだ未知の世界である。

そろそろ 横尾忠則に登場していただこうかと思う。

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2009/07/25

ハンガリーから世界に向けて

<まだ続く 「全てはすでに内にある」>

『永遠のエドガー・ケイシー』の中で何度か出てくるのが

私たちの中に そして周囲に 全てのものが備わっているけれども

それを取り出すためには 努力と勉強が必要だ

ということでした。

「全てはすでに内にある」という主題は 

いつでもどこでも繰り返されているものだ と思います。


私はこの 全てはすでに内にある ということを

前述の「自分を象徴するものを持つ」で取り上げた映画

『耳をすませば』に出てくる 「宝石の原石を含む石」のエピソードに強く感じます。

石はそのままでもすばらしいが

物語を書いたり バイオリンを作るというのとは違う。

自分の中に 才能という原石を見つけて それを磨かなくてはならない

ということ。

さて 自分が受け持つ授業の中に 大会向けの暗誦を練習する時期があります。

こういうことは 先生にやらされている

という感があると うまくいかないと考え

なぜ コンテスト とか 発表する場があるのか

ということを 生徒たちに問いかけてみることにしました。


数学者のピーター・フランクル氏は

コンテストについて こういっています。

「コンテストに参加することは 優勝することだけが目的ではない。

自分の中にある才能を見出して それを磨くという 自己研鑽の場である。

この言葉は 単なる石の中にある宝石の原石(才能)を見出し それを磨く

ということに ぴたりと当てはまる。そこで

「耳をすませば」での石のエピソードと このコンテストについての心得を

生徒たちに伝えました。


<ハンガリーつながり>

フランクル氏は 彼はハンガリー出身ですが

11ヶ国語を話せるそうです。

ハンガリーという国はまた 数学者を多く輩出しているそうですが

世の中の現象は全て数字で表されるという 

本質を追求する学問に長けるお国柄に 興味がわきます。

今読んでいる『叡智の海・宇宙』を著した アーヴィン・ラズロ博士もハンガリー出身ですが 

博士はハンガリーという地域性を

強い国同士の対立にはさまれてきた歴史的背景も影響して

心が世界に開かれた状態になったのではないか

と分析しており 

なるほど ハンガリー人気質というものが 

彼らの 差異を超えようとする研究内容と人となりに表れているように思われます。


ラズロ博士は 

原子・人間・宇宙に存在する一貫性のある原理・構造を探究する「システム哲学」を提唱し

その発展に努めています。

私たち生命がどこから来て どこへ帰っていくのか

という 古来からの哲学的な問いに対し

物理学的 生物学的 またスピリチュアルな見地から読み解き

その成り立ちを知れば おのずと世界の平和 調和へと導かれねばならないことを

再三に渡って主張しています。

そのラズロ博士に 元総合格闘家の須藤元気が インタビューした様子がこちら


須藤元気が『風の谷のあの人と結婚する方法』を出した頃

気になって立ち読みしたものの 買うのをやめたという思ひ出が。

宮崎駿監督 ラズロ博士つながりで 再びのご縁。

ラズロ博士にインタビューしたとは やはり只者ではないという気がします。


このサイトの中に

ラズロ博士が ワールドシフトなる宣言を 2009年9月9日

999の日に行うという告知があります。

「ワールドシフト(WorldShift)」

それに先立って 彼は

発展の方向性を示すワールドシフトがなぜ必要かについて

こう語っています。


今の世界では ごく一部の富と広がり続ける貧困の差が開き

雇用 教育 エネルギー問題において危機ばかりを生み 

人類の文明を持続できない。

ワールドシフトという変化は 誰かが指示したり命令するのではなく

この世の不公平に気づき このままでは世界をこれ以上持続できないことに 

一人ひとりが気づくという マインドシフトによって起こる。

各人が新しい価値観に目覚めるとき 新しい文化が始まり

かつての 自然に根ざした生活を取り戻す。

一人の行動が全体に影響する。

私たち一人ひとりが 地球の一部であり 有機体であるということを自覚する。


ガイヤシンフォニーにおいても ラズロ博士は

バタフライ効果をあげて 一人ひとりの行動が全体に影響すると述べていましたね。


その後に 日本人に向けてのメッセージもありますので

ぜひご覧になってみてください。


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2009/07/14

時代の過渡期

夏休みが近づいてきました。

学期末は バタバタになる模様。


一つのことに集中すると その「熱」がつながる人と者を引き寄せるといいますが

ちょっと前 読書作業が過熱して 

いまの(と情報が伝えるところの)世界情勢

読んでいる本や 聴いたお話とのつながりが加速しました。


何が普通か障害か という議論は置いておき

自閉症 ダウン症である人たちや 

大人ではなく 全般的に子供たちが

なぜ 優れた芸術的な力を発揮するのか

という全体像が おぼろげに見えてきました。


川手鷹彦さん 

(治療教育者・演出家・著述家。藝術・言語テラピー研究所「青い丘」を設立)

彼が演舞するバリ島の儀礼舞踊と

「バリの文化と治療教育には根源的なつながりがある」

という言葉

そして

塩見直紀『半農半Xという生き方』で紹介されている 

村人一人ひとりが農民であり芸術家であり 神の近くにも行くという「バリ島モデル」

(元出典は宮内勝典・山尾三省『ぼくらの智慧の果てるまで』)

アーヴィン・ラズロ『叡智の海・宇宙』に出てくる 

瞑想 ダンスなどの変性意識状態では 

感覚器官によらない情報を受信できる状態につながるとする説

などと ピッタリ符合します。

これまでの日本の一面を見ると

勉強をしていい点数いい学校いい会社いいお給料 でも体が変調をきたす

原燃 などのエネルギー問題

雇用 不況など 経済問題

病院不足 食への不安 少子化

あど ねが?


経済破綻は 私たちにとって不利なことのように見えますが

ここで立ち止まって 本当に大切なことをやる好機と捉える人もいます。

思いつくあらゆる全ての問題に 

この「芸術の力」「バリ島モデル」が 解決の糸口をもたらすように感じる。


私たちは これまでのやり方が通用しないという過渡期にあり

新しいパラダイムが必要とされている。

そして 「お金を働いて稼ぎ それで必要なものを買って生活する」という

これまで当たり前だと思っていたことに疑問を感じ

新しい職業観 価値観を実行している人たちが確実に増えているのだそうです。

私たちは 労働に見合った対価を現金で得ていると思っていますが

実はそうではない。


ここで大事なのは 何かを「悪」と見なすのではなく

飽くまでも自分たちが良しとすることを淡々とやること。

撲滅 反対 などと言うと 逆に相手に力を与える。

誰かのせいにしないために 自分の中の平和を得る方法

瞑想方法 心理学などを学び 定期的に内省しつつ

一人ひとり また同じ目的を持つ少数のまとまりが有機的につながり

だんだん大きなうねりとなっていくことをイメージする。

恐怖心を持たない者を 誰も傷つけることはできないので

こうなると 誰も止めることができない。


「一人の人間は 我々が『宇宙』と呼ぶ全体の一部 時間的 空間的に制限されている一つの部分である。人間は 自分の思考や感情を他の部分からは独立したものとして経験するが これは一種の錯覚 すなわち人間の意識が視覚によって騙されているのである。この錯覚のせいで 我々は自分の個人的な決断や 最も身近な数人の人間への愛情にとらわれている。その意味で 我々にはこの錯覚が一種の枷となっている。」(『ラズロ『叡智の海・宇宙』よりアインシュタインの発言P49)

「…ほとんどの人々が 目や耳によって伝えられたとはっきりわかる 明瞭な経験以外の経験をすべて無視するように『洗脳』されているのである。」『叡智の海・宇宙』P133-134


私たちが読みたい本を自由に本を手に取り

内観によって自分を見つめることができるのは 最後の砦です。

別に勉強とか道徳的なことではなくて

あらゆる操作から 自分を守ります。


まだ先のことですが 「芸術の力」「バリ島モデル」について

何かまとまったことを 書けるといいな と思っています。

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2009/07/08

「世界をよくしよう」にまつわる本

マイケル本×2冊と平行して読んでいるエドガー・ケイシー本×3冊  半農半Xの本2冊

に加えてまた リサ・ランドール+若田光一『異次元は存在する』 を読んだ。また アーヴィン・ラズロ『叡智の海・宇宙』に手をつけようというところ。『異次元は存在する』は 現在私たちが抱えているさまざま問題に対処する未来の提言であるそうだが どの本も根底には

「世界をよくしよう」

という流れがあり それに自分も乗っていこうと思っている。 ここで大事なのは 一気に世界規模ではなく 自分と自分の周囲という 小さくてコンパクトな世界に心をこめる ということである。最初から大きなシステムの歯車ではなく一人ひとりがそのことをやり 同志がコミュニティを作り 広がっていく。

霊媒であるケイシーのリーディングで言われている異次元の存在 聖書などに象徴的に表されている宇宙真理は リサ・ランドールのような物理学の専門家が証明しようとしていることである。そのような科学の目を持った者に 宇宙飛行士若田光一がインタビューする内容は一見に値する。実際に宇宙圏での体験がある者が発する宇宙観には 何にもまして説得力がある。

また アーヴィン・ラズロは40年間にわたって物質・生命・意識の統合理論を研究してきた。ピアニストという芸術家でもあるラズロ博士は 神秘主義的な分野と科学的分野に散らばっている宇宙真理を統合すべく 模索し続けている。「論理的かつ感覚的」な者が見る世界観は興味深い。

戦争 貧困 環境破壊 教育 医療といった全ての問題は 経済至上主義によって私たちが目を欺かれているうちに悪循環に陥っている。金を産むシステムの弊害が飽和状態にある。このことに気づいた正直な者たちの間で「シフトダウン」がいま起こっているという。本土から沖縄に移住した者の数は相当数に及ぶ。オーストラリアなどでも同様の現象が見られ 何かしらの形で生活のペースを落とそうとしている流れがある。

ただ スローな生活に伴う「エコ 代替医療」などを提供する「ビジネス」には 慎重に対処したい。営利企業の掌で農業やエコをやっていたのでは 元の木阿弥だという指摘に耳を傾けよう。

一人が必要なエネルギーはさほど多くない。食べられる分の作物を作り しかも自分が心から好きだと思える仕事を現金という糧に変えるという「半農半X」という考え方に共感する。この考え方を提唱している塩見直紀は 哲学者内山 節の『「里」という思想』などが気になると自身のブログに記している。そういえば自分も内山節の『森へ通う道』という本を15年前に買い 目からうろこが落ちたように感じたものだ。

10年ほど前のドキュメンタリー番組の話だが 日本の企業戦士だった男性が体を壊し オリーブ農家が多く暮らすクレタ島に天地療養した様子が映されたことがあった。それがとても興味深く そのコンセプトを元にホームページを開いたことがあった。その他 シュタイナー教育との出会いなどと相まって「経済システムへの疑問 芸術の力 農業」といったいまの自分の興味につながっている。どの出来事も いまの自分への布石となっているように感じる。

まだまだ模索段階ではあるが おかげで好きな仕事と 仕事の状況を見ながらその年できる範囲での野菜づくり 音楽活動ということができており 今後徐々にそれぞれの部分を充実させていきたいと思っている。

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2009/06/27

“Prejudice is ignorance”

偏見は無知である と ある彼のファンが言った。

誰でも写真によっては違って見えるし

手術をしなくても 年を追うごとに顔は変わるものだと。

白人にコンプレックスを持っているから 肌を白くした

と 本人が言ったのだろうか?

白斑病で 色素が抜け落ち 

隠しきれなくなって脱色せざるを得なくなったとしたら?

訴えられたような児童虐待が 本当にあったのか?


人は自分が見たいものを 相手に見る。


太宰治は 

何度も女性とスキャンダルを起こし 自殺未遂を繰り返した狂人なのだろうか?

金貸しで財を成した立派な自宅に

借金の形にとられた娘が奉公していたり

借りた金を返せない小作人がおびえてやってくるのを見て

父親や長兄のように 商売に徹することができず

富が負の遺産であり恥だと考えるのは まっとうではないのか?


「疑いが悪を作る」スタインベック

「この世に唯一残っている正直な人びとは精神疾患者と幼児 それに末期患者です。」 E・K・ロス「死ぬ瞬間」と臨死体験P29
もしみなさんが世の中を癒したいのなら まずこのことを理解してください。自分自身を癒さないかぎり 世の中を癒すことはできません。誰かをぶったり 非難したり 見下したりしているかぎり ヒロシマ ナガサキ ベトナム マイダネク そしてアウシュビッツで起こったことの責任はあなたにあるのです。このことは はっきり申し上げます。(E・K・ロス「死ぬ瞬間」と臨死体験P211)
「…現在におけるマトリックス、それが資本主義社会なのです。」 甲田純生『「星の王子様」を哲学する』P117

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2009/04/06

真のメッセージ

今日から学校が始まったね。

はらほろひれはれ~


書きたいことは山ほどあれど

人の休みは主婦の繁忙期

花粉か風邪か 原因不明の鼻タレが数日前から始まり

仕方なく 風邪薬を飲んだら

あーらふしぎ ぴたっと鼻水が止まる。

早く飲めよ…


新年度が軌道に乗れば

また 今日のメッセージ的な まともな内容をお届けできる

予定です。

(飽くまでも 予定…)

とりあえず いま読書インプットだけはしています。


ここしばらく 

読んだ本や会った人たちの会話に強烈に影響を受けて

自分に正直にいるようにしていたら

環境の変化が起こって 今その渦中にある。

紹介した本の著者やお店の方からコメントをいただいたり

そういうことは 今までなかった。


本といえば 

興味の赴くままに読んでいたら

もう 読んでる本自体が マニアックな本になってきてcoldsweats01

精神世界やスピ系について聴く耳を持たない人には 

「は?ear

となりかねない つっこんだ内容になってきた。

ここに書くことをヒジョーに躊躇してしまう。

どうしたものか…。

「急ぎすぎたら これまでの努力はすべて水の泡となります。このことは高次の意識について 人びとと体験を分かち合おうとするときも同じです。確信がもてないときには ゆっくり時間をかけることです。それでもまだ確信が持てなければ 黙っていなさい。なぜなら あなたの話の相手に まだ話を聞く準備ができていないということですから。そして それでかまわないのです!」P206(『死ぬ瞬間と臨死体験』)

分かち合いたいのですが

どう待てばいいと言うのかね?ロス先生。

「真のメッセージ」として 裏ブログを独立させようかしら?

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2005/10/09

本当に欲しい?

デイヴィッド・ブロッツ著『ジーニアス・ファクトリー』
「優生学とは、19世紀末から20世紀前半にかけて流行した一種の社会政策。人間を遺伝的に改良する目的で 遺伝病だけではなく 精神疾患や反社会的行動までをも遺伝に起因するとし これら「悪い遺伝子」を駆逐するため断種や結婚制限を行ったもの。アメリカで積極的に進められ ナチスドイツが全面的に採用したことで悪名が高い。

1代で財を成した大金持ちが ノーベル賞受賞を「良い遺伝子」の基準としてえらび これを高学歴の白人女性に人工授精して優秀な人間を増やそうと設立したのが ここで取り上げられている特殊な精子銀行である。だが精子提供に応じるノーベル賞受賞者は少なく 高学歴で研究や事業に成功した背の高い健康な白人をドナーとして精子提供を続け 約200人の子供がこの組織を介して誕生した。

精子提供を受けた母親と生まれた子供達を追ってわかるのは 子供を教育熱心な母親の下で普通の人間として育ち 悩む人達の姿であった。子供づくりに関するあらゆる潜在的需要を商業化してしまうアメリカ社会を知り 生命科学の時代とどう付き合っていくかを考えるべきである」。(以上10/2付 東奥日報から言い換え引用)

日本においても 病院での出産 粉ミルクの普及 学校給食での牛乳など アメリカによって商業化させられた部分があります。以前テレビで この精子提供によって生まれた子供達を追ったドキュメンタリーを見ました。彼らは 自分の親を知りたがり 研究機関に提供者の素性を訊ねていました。また 知らないうちに同じ精子によって生まれた子供同士が婚姻を結ぶ危険性も指摘されています。関連して 生命倫理について ビル・マッキベン『人間の終焉』ではこう議論しています。

「将来 生命倫理の先端技術では 知能指数を高くしたいとなれば その遺伝子を受精卵の時点で注入したり 美しさやスタイルを遺伝子操作で作れるようになる。そのような技術は もう要らない。科学文明は 必ずしも人間幸福に結びつかない。欲望を肥大させるのではなく 与えられた中で生きる意味を見出すことが必要である。その半面 著者はこの『脱欲望』がアメリカ国民に容易に通じないことを自覚している。だが 子供の改造は 子供本人から自由と選択肢を逆に奪い 生きる意味の創造を奪うのである。」(10/9付 東奥日報より 言い換え引用)

「出産産業」や「遺伝子操作」に違和感を覚えても 程度の差こそあれ 知らずに自分の欲望をいいように食い物にされているように思います。「誇示的消費」(conspicuous consumption)という用語を つい最近知りました。テレビのコマーシャルなどの心理操作にまんまとはまっていないか。他人が持っているから自分も欲しいだけなのか。消費に限らず 何事も本当に自分に必要なものなのかどうかを吟味することが大切だと思われます。←そういって 着飾るだけの成人式をボイコットした変わり者。結婚式も変わってたしね…いつでも 自分のやろうと思うことを貫くのはエネルギーがいるもんですな。

「考えるのはたやすい。行動するのは難しい。でもこの世で最も難しいのは 自分の考え方通りに行動することである。」―ゲーテ
“To think is easy. To act is hard. But the hardest thing in the world is to act in accordance with your thinking.”--Johann Wolfgang won Goethe(German poet, dramatist and novelist, 1749-1832)
考えたとおりに実行できりゃ~苦労はしないぜ ゲーテ。

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