« What a beautiful world 2 | トップページ | 田舎という名の店 »

2009/06/19

「すべてはすでに内にある」へのオマージュ

Cocolog_oekaki_2009_06_22_11_01
いろんな興味が次々とわいてきて

かたっぱしから新しい世界を覗いております。

<エドガー・ケイシーの世界を垣間見る>

エドガー・ケイシーってご存知?

もう 来るところまで来たように思いますが…

いや まだロバート・モンローも スェーデンボルグも読んでない。

シュタイナー ユング ロスと来て 

ケイシーを読もう というところ。

まだ何も買ってませんが…。


なんでもそうだけど

一つの情報を鵜呑みにしないで

色々な話を総合的に吸収していくのが大事だね。

真理は一つ と盲信するのではなく

同じことを 別の角度から見る。

シュタイナーは 神秘主義的な側面があるので

神の側からみた精神世界。

ユングは 心理学なので

人間側からみた精神世界。

エドガー・ケイシーは ?


とにかく昨日 いろいろな経緯があって

日本エドガー・ケイシーセンターというところのサイトを覗くこととなった。

そこの会長である光田秀(みつだしげる)という人が 

エドガー・ケイシーについて講演した際の映像を 

ケイシー入門講座」として見ることができる。

これを一気に見る。

インターネット万歳。


エドガー・ケイシー(1877~1945)は、今世紀前半に米国で活躍した人物で、目覚めている時は写真業を営む敬虔なクリスチャンでありながら、催眠状態に入ると超人的な能力を発揮し、あらゆる難病に対して診断と治療法を与えることができたり、あるいは魂の記録(アカシックレコード)を読んで、依頼者の長所や短所、才能や弱点などを過去生をもとに解き明かすことができました。 (日本エドガー・ケイシーセンター


ケイシーは 難病で苦しんでいる人に対して

その治療方法などを伝えて助けたそうで

今でもケイシー療法として受け継がれ

現在でもその処方を病気に応用すれば直るのだという。

ただ病気だけではなく 「ハゲ」とかそういう俗っぽい悩みにも答えていて

人間味がある。


「人助け」がケイシーと言う人物像の醍醐味なのだろうが

特に 聖書について語ったところが興味深い。


<アダムとイブの話>

エデンの園にさまざまな果物の木が生っていて

どれを食べてもよいが

真ん中にある 善悪を知る知恵の実「りんご」は食べてはいけない

と アダムとイブは神に言われていた。

二人はそのことを守っていたが ヘビがやってきて

「神様はああ言っているが 本当は自分より賢くなるのが嫌で 食べるなと言っているだけだ」

と そそのかす。

イブはそれもそうだと思って りんごを食べ アダムにも勧める。


なぜ 神は食べてはいけないものをわざわざ置いておくのか。

なぜ ヘビなどをエデンの園に住まわせるのか。

神ならば ヘビなんかを作らなければいいじゃないか。

と 会長の光田さんは 動画の中で言っているのだが

ケイシーが語ったところによれば 

これは アダムとイブの話ではなく

私たち一人ひとりの話なのだという。


善悪を知る木とは

私たちの目の前にある選択肢を表している。

我々の人生には常に 選択肢がおかれている。

すなわち 自分の人生を豊かにする選択肢と

自分の人生を枯らす選択 究極的にはこの二つしかない。

我々は常にこの二つを選びながら 人生を作っている。

我々は意識して 豊かになる方の選択肢を掴み取っていかなければならない。

ヘビとは 外からの影響力を象徴する。

人間は本来 自分の中に

自分の人生がいかにあるべきかを知っている部分がある。

それにもかかわらず その判断を放棄して

よその人の判断に耳を傾ける。

それが 「ヘビに耳を傾けること」を意味する。

だから旧約聖書は 我々のストーリーである。

続編・キリストの秘密 光田秀さん講演ダイジェスト 2/2)

神話とは 人生の語りなおしである。

キリストに起こった出来事は いま現在誰かに起こっていることである。

神話はただの作り話や昔のできごとではなく

いつでも今も起こっている普遍的なことなんだよというわけです。

スタインベックもシュタイナーもユングもロスも

同様のことを言っているのだけど

ケイシーよくぞ教えてくださった! と 笑

夜中に一人で鼻息が荒くなった。


光田さんが

学校で カントとかヘーゲルとかそんなのよりも

まずケイシーを教えてくれたらよかったのに!

そしたらもっと若い時に救われていたのに!

学校ではケイシーのケの字も教えない!

と 冗談を言うのだが

つねづね 個人の判断にゆだねられるような

道徳ではない何か心のよりどころとなる指針のようなもの

しかも 国や人種 宗教 文化背景 時代に左右されない

宇宙真理 ←happy02話がでかい

が知りたい と思ってきたので

ほんとに もやっとがスッキリ。


ちなみに ケイシーが言うには

地球に現存する哲学 思想 宗教などの内

普遍的な宇宙真理に近いものは

ヒンズー教経典の バガヴァッド・ギータなのだとか。


<教養としてのキリスト教を学ぶには 案内役が必要>

自分のことだが

キリスト教系の学校だったので 聖書の勉強をする授業があり

「宗教を信じながら戦争をしたり 争うのでは意味がない」

「登場する名前もなじみがなく 話の意味がわかりにくい」

というようなことを 先生に言ったことがあった。

いま思うと それも若気の至り 冷や汗ものだが

先生は

「それは日本という平和な国にいるからそう思うのであって

不毛な土地や 争いが絶えない国に住む人にとって 

宗教はなくてはならないものである。

こちらがそんなふうに言えることではない。」

と たしなめられた。


確かにそうなんだけど

聖書は 隠された意味を読み解く作業が必要だ。

もともと 宗教の経典というのは 

知るにふさわしいと思われた限られた人物にしか見ることが許されず

初めは隠された意味を正しく伝える案内役が必ずいた。

今は聖書が万人に開かれて 本が一人歩きしているから

自分のように「意味がわからない」という人もいる。

目には目を 歯に歯を 

右の頬を打たれたならば左の頬をさしだせ

などというのは 文字通りに受け取っては意味をなさない。

ケイシーのリーディングは 

そういう意味で 正しい知恵に導く案内役といえる。


また自分の宗教が一番 おらほ一番 となるから争いになる。

違いを強調するのではなく

根底にある教えは 共有のものである ということを知り

共通の部分に触れること

それがケイシーたち精神世界を探求した者の試みだし

そこへ向かいたい。


<今日のメッセージ ケイシーが教えてくれたこと>

自分を含め 著名人のブログや本を読んでも

人は他人の批評をかなり気にしていることがわかる。

ブログを書いていることについて

「自分の私生活を公共の場で曝すなんて信じられない!」と面と向かって言われた

とか(横尾英2009/6/12記事

「仕事が忙しい」と言うと 人によっては

「ひょっとしてノーと言えない性質?」と言われたり

「そんなにお金がないの?」

「そんなに忙しくて 生きている意味があるの?」

と言われたりする(養老孟司 角田光代『脳ある人心ある人』P70) と。

私たちはヘビの声に耳を傾けている。


自分もそうだけど 人と一緒にいて話をしているとき

相手の話をきいているようで 自分の話をしているときがある。

ある人にとっては 仕事を忙しくする=お金がない または

忙しい=断れない と自分の体験上理解して

それを述べているにすぎない。

またある人にとって私生活は 誰にも見せてはならないはずなのに

自分ができないことをやって楽しそうにしている人がうらやましい

つまり 自分の影を見ているのであり

自分の中で発揮されていない部分を 他人が見せてくれている

ということだろう。

あなたも幸せになりなさい というメッセージだ。


批判されるのが怖くて 人生を枯らすのか。

人に批判を受けても 人生を豊かにしたいのか。

人がどう思うかではなくて

自分がどう思うか 何をしたいかが問われている。

人間は本来 自分の中に

自分の人生がいかにあるべきかを知っている部分がある。

我々は意識して 豊かになる方の選択肢を掴み取っていかなければならない。


|

« What a beautiful world 2 | トップページ | 田舎という名の店 »

Synchronicity」カテゴリの記事

人から学ぶ」カテゴリの記事

本(神秘主義)」カテゴリの記事

コメント

 オマージュ、ありがとう。シンクロニシティだね。結局、このテーマに反応してくれたのはよっぴさんだけでした(笑)
 私の10年後の夢もさ、今まで色々バラバラに興味を持ってやっていたことがある日突然一つに像を結んだような気がして、「私のやりたかったことはこれだーっ」って見えた気がしてる。(ま、熱しやすく冷めやすい私のことなのでどうなるかはわかんないけどね。)
 私の本当にやりたいこと(人生を豊かにする選択肢)は、私の中にバラバラとまとまりなくすこしづつ蓄積されていて、ずっと自分の中にあって、私に発見されるのを待っていたんだな、と思う。
自分にとっての「本物」って、自分でわかるよね!そのことだけとてもクリアーに感じられるから。これこそ「生きる実感」!な~んてね。
 いつもいつも自分の中のヘビの声に囚われてしまうけれど、そこをなんとかかいくぐって進みたいものです。
お互い、眼をしっかり開けて行こうっっっ!うふ。


投稿: もぐらネコ | 2009/06/26 08時31分

お疲れ~
弘前は ぬぎーです。いきなり夏。

「私の本当にやりたいこと(人生を豊かにする選択肢)は、私の中にバラバラとまとまりなくすこしづつ蓄積されていて、ずっと自分の中にあって、私に発見されるのを待っていたんだな」そうなんだよね~ 深く賛同するよ。

自分がこの記事を書いたとき まさに バラバラに蓄積されていたことがリンクしたのだけど そのことをこう言ってくれた人がいた。

「複数の書籍が絡みあって、実はとっても大事なことを教えてくれることがあります そのようなことが起きるのは、読み手の受け入れ体制が出来ているという前提があってのことと思います」

それは 本だけじゃなくて 何気なく生活している中で自分の中に残っているらしい。そしてそれを 日々に忙殺されて通り過ぎるのではなくて 自分に向き合う作業を通して 発見されるのだと思っています。もぐらネコさんに それが起こっている。

「10年後の自分」という言葉に反応したのか 40になるまでにやろうと思うことがわいてきた。これも熱しやすく冷めやすい私のことなので どうなるかわからん。笑

さて…すごいファンだったわけでもないのに マイケル・ジャクソンが死亡したというニュースに狼狽している。彼は自分に 偏見で世の中を見ている自分というものを見せてくれた人だと思う。

投稿: よっぺぎ | 2009/06/26 09時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113029/45382710

この記事へのトラックバック一覧です: 「すべてはすでに内にある」へのオマージュ:

« What a beautiful world 2 | トップページ | 田舎という名の店 »