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2008年4月

人生の地図 -遺跡-

急激に欧米の文化を吸収しようとした日本は

言語など文化背景を奪われた黒人社会と同じだ。

私たちには「根」がない。

子供時代にはこういうことがあり

青年を経て 大人になるまでに

こんなことがある

その後死ぬまでのイベントはこうだ

という知恵が薄れている。

それが 神話であり 宗教であり 

童話 物語といった文学であり

踊りや音楽 美術といった芸術なんだよ。

その土地に伝わる伝承に親しむことは

自分の人生をよく生きようとすることだ と思う。

文字がなかった文化圏では

後世に伝えたい重要なことを

踊り 刺青 地上絵 マウンドなど 色々な形で残した。

どっかのピラミッド型の遺跡の階段も

1年を表すと聞いたことがあるな。

調べたら「チチェン・イツァー」らしい。

「ピラミッドの階段は4面の91段を合計した364段に最上段の神殿の1段を足すと、丁度365段である。また1面の階層9段は階段で分断されているので合計18段となり、これらはマヤ暦の1年(18ヶ月365日)を表す。このことから「暦のピラミッド」とも呼ばれる。wikipedia

4方向 

「4」とくれば 「四季」なんだな。

「52」とくれば 「1年」。

52というのは 人生52年を表すらしいね。

今はもっと長生きしてますが。


ネイティブ・アメリカンの種族の中に

地上絵を守ってきた者がいて

その意味を どこぞのフランス人に訊かれたが

それは門外不出の秘密であり

脅されても口外しなかったため

彼らは殺されてしまったのだとか。

現代になって その血を受け継ぐ人が

「祖先がアジアからベーリング海峡を渡って 

アメリカ大陸にやってきたという 

1万5千年の壮大な叙事詩だ」

ということを教え始めたそうだ。


モンゴロイド(黄色人種)の移動を見ると

環太平洋一帯に分布していますな。

南米チリの突端にいるヤーガン民族には 

一人あやとりなどの日本と同じ文化がある。

顔もよく似ている。

日本に「加納」「狩野」といった名前があるが

この語源は「カヌー」にあるらしいね。

「軽野」も「速い舟」という意味だそうだ。

伊豆の白浜神社も カヌーとかかわりがあるらしい。

最近知ったのだが 

こういうふうに ちょっとだけ知っていることを 

いいふりして話す人のことを

津軽では「おべさま」と言って 敬遠する。

津軽の三ふり

いいふり あるふり おべだふり

の一つ おべだふり(知ったかぶり)。

「おぼえているふり」ですな。

そっから派生した(のか?!)


でも みんなで「人生の地図」についてシェアしたいのだ。


つづく

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男の子 という生き物

今日は 野菜の苗を植えた。

今年は ミニトマトと桃太郎とパセリにしてみた。

この3つはよく使う。

あとジャガイモなんかも 土地があればやりたいが

欲張って 自分を忙しくすることもなかろうもん。

プランター菜園ぐらいで手を打っておこう。

200804261051000
さてさて

お友だちが帰省したので 交通公園で会った。

みんなの写真を撮ればよかった…

いつもこれだよ。

いろんなところに気を回しているようで

肝心なところがヌケ作。


友人Pの息子くんは 会うたびにパワーアップ

今年はそのフットワークの軽さに かなり驚く。

1年目は ベビーカーに乗っていた赤ちゃんだった。

去年2年目は りんご公園を元気に走っていた。

今年は 交通公園で 会ったのだが

もう 興味津々の乗り物がたくさんありすぎて

あっちもこっちもおもしろくて

ああどうしましょう 

またミニSLが来た!見に行かなくちゃ!

あ でもD51もつぶさに観察したい。

あ SL!もう一度!

てな具合で いきおいが止まらず。

「弾丸ボーイ」と命名させていただきやす。


男の子というのは 細胞レベルからして

じっとしてはいない生き物なのだ。

教室でも 男の子がたくさんいるクラスは

終わった後の疲労感が違う。

これは実感している。

ほんとに

1日中子供と一緒にいるお母さんは ごくろうさんなのだ。


こう書いていて思い出したのだが

そういえば 友人たちがテニスをやっているところに

息子が2歳だった頃お邪魔したら

もう テニスコートの中をずっと走り回って止まらなくなり

結局追いかけっこをしてつかまえて

ただ帰っただけだった…。

じっとしているということは できない2歳児。

息子を観察していて感じたのが

「むかし飼っていた犬によく似ている」

ということだった。

行動が本当によく似ている。

実家の母も

「実はそう思っていたんだけど」

と 顔を見合わせたこともある。


でも

幼稚園に入ると だいぶ社会性が出てきて

人間らしくなる。

それでもじっとはできないが…

幼稚園に入って 

たとえ数時間でも自分に集中できると

お母さんの負担はぐっと減ります。

だから この1年ががっぷり4つの最終章です。

そう近所のお母さんに励まされた記憶があります。


子供がかわいくないわけではありません。

もちろん大事だし かわいい。

ただ トイレにさえ ゆっくり入れない。

電車に一人で乗る とか

車で一人で移動する

もしくは

仕事に集中できる ということでさえも

とにかく 自分が考えたとおりに動ける

そういうこと自体が

幼児を持つ主婦には ありがたいことなのだ。

私には バイトに行く車の中の静けさが大事で

自分を取り戻せる空間に感じられた。

子供に目をかける人が母親のほかにもいれば

ホッとするひと時もあるかもしれないが

ま 大家族というのは 

違う意味でホッとできないひと時もあるのでね。

なんでもそうだけど

おいしいところだけいただくわけにはいかない。


子供を数人育てて

もう 成人しているお子さんもいる先輩方は

「小さかったあの頃に もう一度戻ってみたい」

とか

「小さい頃は 育てるのに必死で

『かわいい』と思う暇がなかった。

いま写真を見ると すごくかわいい。

もっと あの時間を大事にすればよかった。」

と しみじみおっしゃる。

そういうものなのかな

世話が焼けて 手がかかる

これがずっと続くような気がするけど

そうじゃないんだな

と 焦る気持ちを引き戻される気がした。


いずれにしても

どういう環境にあっても

短い時間でも 自分を大事にする空間は

必要だよね。

自分を大事にする人は 相手も大事にする

ウン。


また会おう 弾丸ボーイ upwardrightヒューン

せば!

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「求めよ されば与えられん 2」

「この世はあなたが思ったとおりの世界である」

例その1.

「問題を解決しようとする人にだけ 答えが与えられる。」

例えば

困ったことが起きた だが何とか解決したい

と思って テレビを見たり 本を読んだり 人に会う。

すると ふと目にしたり耳にしたりしたことが

その糸口になったりする。

実際に 

「考えあぐねることがあったら 心で解決するように願いながらめくったページを読むと 奇跡が起きる」

などと謳った本が出回っているが

答えを求めようと 自分の内側で決めた人には

もうそれが「答え」そのものになっているのだ。

だが 「もうだめだ」「解決などできっこない」

と思い込んで過ごしている人には

何も目に入らないし 

助言や忠告も耳に入らない。

自分の外側の嫌な部分だけが飛び込んできて

「ほら やっぱりいやなことばかりだ」

と また思ってしまう悪循環に陥る。

心象風景 というやつです。

そゆときって あるよね…

とにかく

どっちにころぶか すべては自分にかかっている

と思います。


例その2.「思考は現実化する」(by ナポレオン・ヒル)

「幼稚園に入ったばかりの頃 子供が病気になるんじゃないか 行かないと言うんじゃないか と心配していたら 案の定そうなった」

と言ったお母さんがいたと聞いたが

それは そのお母さんの思考が現実化してしまっただけであって

おそらく子供に責任はない。

常に 自分の外側ではなく 自分に問題がある。

どっかの子供も 最初の1ヶ月泣いたっけな…


例その3.「疑いが悪をつくる」(by スタインベック)

それに関連して

よくその人を知りもしないで

「今の若い者は なっていない」と疑われた若者たちは 

どんな行動をとるだろうか。

①自分はそうじゃないことを実証するため 正しくあろうと心がける
②そう思われているなら 悪いことをしてやれ と思う
③我関せず

私がもし 初めに人に信頼されることなしに疑われたら

悪いことをしてやれ と思うだろう。

心配だ心配だ と言われたら

その通りになるだろう。

だから私は新聞の明鏡欄に

「次世代をまったく信頼している」と宣言した。

これは 自分に対する宣言だな。

悪いことをしている人を見逃すとか 許すとか

そういうことじゃなくて

きっとすばらしい いい子供たちだ

と信用することなしに

どうやって人は良いことをしようとできるだろうか?

これも一つの「思考は現実化する」ものの一つだと思う。


こうありたい と思うもの

それを願うことによってしか実現できない。

思い描けないものは 実際に現れようがない。

だから私たちがやることは

こうだったらいいのになと思うワクワクを想像すること

じゃないでしょうか。

「今の若者たちは すばらしい!」

「今の世の中も すばらしい!」

じゃないでしょうか。


そうだったらいいのにな♪

そうだったらいいのにな♪


せば!

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「求めよ されば与えられん」

「この世はあなたが思ったとおりの世界である」

なぜ?

だって テロはあるし

犯罪も凶悪化 低年齢化してきているし

自分の外側で嫌なことがたくさん起きているじゃないか

そういう声も聞こえそうです。


確かに 自分の受け皿次第で

同じことを良くも受けとれれば 悪くも受け取れる。

それは 私にもわかる。

でも いろいろな嫌なことを目にしたり耳にしたりしたら

一体どうしたらよいのだろうか?

それが問題だ。

「心に太陽をもつ」

それは理屈では分かっている。

でも実際 具体的に 一体どうやって?


一つわかったのは

私たちは 新聞やテレビで

「誰かに流されている」情報を

鵜呑みにしないことだ。

実際に自分で見て 聞いて 体験して 感じたこと 

それがすべてだ。

「本当に世の中で起こっていること」

つまり「本質」と

「誰かに流されている情報」

とは 別物だ。

「誰それさんが 悪口を言っている」

「この服が流行っている」

「この候補者がリードしている」

「○○を食べるとやせる」

「アポロが月に到着した」

本当に見たんですか?


なーんてね。

えらそーなこと言ってますがね。

この数週間 

まさに 「イヤだな」と思うことに対して 

反応的に過ごしてきたため

一つ人間関係にひび割れが生じてしまった。

すべてはわたくしの不徳の致すところです。

まったくもって自己嫌悪の日々…despair


子供に 衝撃的で残酷なシーンを含むニュースを見せない

それは シュタイナー教育を持ち出さないまでも

今はメディアの規制が叫ばれて

テレビを制限しようという動きが

児童文学者 医者 教育関係者など多方面からある。

「世の中で何が起こっているか知っておいたほうがいい」

と言われたことがあるが

私たちはなぜ 地球の裏側で起こっていることに対してまでも

詳細に知り 援助し 苦しまなければならないのか。

足元のこともおぼつかないのに?

日本のことだけでも 問題が噴出しているのに?

私たちがやるべきは まず自分のことだ。

一人がやることが 全部に伝播する。

それが 『賢者の石』で言っている

個人と群衆の関係だ。

バタフライ効果だ。

よく「まず他人のことを考える」

と言うが 反対だ。

自分を大切にする人は 同じように他人を重んじる。


視聴率を上げるための作為的なニュース

刺激的な情報の垂れ流し

それは 自分でも防げる。

私たちは 文字で書かれたものを

自分で選んで読む自由がある。


ここを読むのも読まないのも みなさんの自由です。

ここに書いてあることは

私が体験して感じたことを書いたもの

私というフィルターを通したものであって

本当に起こっていることとは違います。


つづく

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ブルーな日々

突然ですが ブルーベリー大好きです。

トーストにはブルーベリージャム。

最近は ブルーベリー&クランベリーがお気に入り。

塗りやすいし 酸味があっておいしいの。

特にこだわった銘柄とか そういうのは なし。

「アヲハタ」で十分です。

新幹線に乗ったとき

行きも帰りもアイスクリームを食べました。

息子はイチゴを 私はブルーベリーチーズを。

息子は今でもときどき 新幹線ごっこをやりながら

「ブルーチーズアイスクリームいかがですか~」

ブルーチーズアイスクリームって… 

くさそう。


BSフジで ガチャピンがハワイを訪れていました。

いいなあ。

そして あの有名な「マツモトシェイブアイス」

カキ氷を丸く盛った上に 

レインボー色にシロップをかけたやつを食べてました。

それを見た旦那さまが


「あの青いのって『ブルーマウンテン』だべが?」


それをいうなら「ブルーハワイ」…


明日はどんなブルーかしら?

せば!

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分かち合おう

200804230910000
お隣さんから お花をいただきました。

ちょっとしたことなんだけど

なんだか とても幸せな気分shine

「ステキッ!」


さてさて。

弘前市内には

アイヌ語 と思しき地名がいくつかあります。

学校時代に数人の先生方がしかへでくれたが

たとえば有名なところで

「小比内(さんぴない)」

「撫牛子(ないじょうし)」

とかね。

県内には「ナイ」とつく地名がたくさんありますが

「沢」という意味らしいですな。

あと 前にも書いたことがあるが

「大鰐(おおわに)」

も 「オ・アニ」というアイヌ語に由来していて

「深い谷」という意味なんだそうだ。

となると 秋田県の阿仁町なんかも

「谷」?


「日光」という場所がありますよね。

あれも「フタラ」というアイヌ語が語源で

「笹」という意味なんだそうです。

「フタラ」に当て字をして「二荒」と書いたのが

「にっこう」と読むようになり

今の漢字「日光」におさまったのだとか。

確かに日光には 笹がたくさん自生しているな

だからなのか!

と 合点する。


そういう語源とか 人間のルーツを探るのが面白くて

昨年末に

吉田金彦編『日本語の語源を学ぶ人のために』

という本を 本屋で見かけ 衝動的に買ってしまいました。

日本語は文字をもたなかったので

輸入した漢字を 音に当てたんだよね?

専門家ではないので つっこまれると困りますが…

外国の言葉と日本語は 

まったく共通性がないようで

実は通じているところがある。

特に ポリネシア語と日本語の共通点は面白い。


ポリネシアとの共通といえば

アカシック・レコードという言葉があります。

アカシックレコード (Akashic Records) は、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。多くの場合、宇宙空間それ自体にその(一種の)記録がなされると考えられており、そのためサンスクリットで「空間」「宇宙」「エーテル」を意味するアカシャ (Akasha) とも呼ばれる「アカ」という言葉も 色々な国で共通するものらしい(Wikipedia)。

ポリネシア圏にも「アカ(aka)」があって

「エーテル体」という概念らしい。

「…アカというのは 肉体の 目に見えない複製のようなものであり 肉体とおなじ空間を占めていて 基本となるパターンを提供しているものなのだ(サージ・カヒリ・キング『ハワイアン・ヒーリング』P135)」

ここまでくると スピリチュアルに嫌悪感を持つ人は

イヤになってくるかもしれないが

基本的には 火のないところに煙は立たない

と考えるので

ちょっと変わっているな と一見思えたとしても

どんな説にも どんな人の言葉にも

多少の真理が隠されている と思っています。


アイヌ語の話に戻りますが

世間にはやはり アイヌ語の地名に興味を持つ人がいて

実際に訪ね歩いて 解釈を試みた方がいます。

菅原進『-エミシの国の-アイヌ語地名解(北東北県版)』

岩手県内在住の著者は 

中学校教員を退職してから北東北3県を回り

アイヌ語系古地名の収集と解釈に取り組んだそうです。

例えば

「岩木山」は

「カムィ・イワク・イ」

(「ク」は 小さい文字で表記されている)

意味は

「神・住みたまう・所」。

「青森」は

「アウン・モィ」

意味は

「内に入り込んでいる・入り江」

と 解釈できるそうです。

(東奥日報より)


またある時 こんな記事も読みました。

辞典を長い年月をかけて編纂した男性について

この方は 本当に小さい頃から辞典に興味があり

人生の選択をする際には必ず

自分がやりたい「辞典」に関わることを選んできたそうです。

辞典編集のチャンスが来たときに飛びつき

編纂した大辞典が世に出回ったときの歓びを語っていました。


また 大学院の研究論文をやっている女性ですが

ある作品の翻訳が 一部分であることに気がつき

一念発起して 全訳にとりくみ 

出版したという記事も読みました。

この人にしても 

退職してから アイヌ語をフィールドワークによってまとめた人

辞典編纂を長年夢見た人も

自分にしかできないことを生涯の仕事にして

それを知らなかった人たちに伝えることができる

そういう仕事ができるのは すばらしいことだな

と 思います。

「それまで知られていなかったことを 世に知らしめる」

それは 自分だけに知識を納めておくのではなく

みんなで分かち合うこと

それが ずっと心に残っています。

これからも

「これはみんなとシェアしたい」

と思うことがあったら 

私も書こう と思います。

そういう仕事を 自分も見つけることができたら

とてもしあわせです。


せば!

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今日もうまくいくよ

先日 息子の校長先生のお話を聴く機会があった。

「赴任して間もないころ この場に立ったときは 皆さんの視線が鋭いように感じられましたが 今年は何だか温かく感じ ホッとしています(笑いがおこる)。ただそれは 受け取る側の感じ方であって 人と人というのは 行き違いがよく起こるものです。みなさんも もし何かおかしいな 変だな と思うことがあったら すぐ学校側に聞いてください。」

先生の挨拶は 短いけれども

とても示唆的な内容だな と思わされた。

精神世界に通じる多くの人が共通していうには

この世は あなたが思ったとおりの世界である

ということだ。

自分の外側が あなたを喜ばせたり苦しませているのではない。

あなた自身が この世の事象を決定しているのだ。

先生がおっしゃったように

新任地で不安で緊張しているときには

父母の視線が鋭いように感じられるかもしれない。

慣れてリラックスしていれば

同じ視線でも 温かく感じられるかもしれない。

新しいことが始まるこの季節

あまり肩肘張らず

楽しむ気持ちを忘れずに過ごそう と思う。


飛行機に乗る前に緊張していた私に

“Everything's gonna be fine.”

と声をかけてくれたご婦人のように

ドキドキしている子供たちには

「きっとうまくいくよ」

と言ってあげよう。


みなさん 今日もうまくいきますよ!

ステキ!←練習練習


せば!

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新川田譲監修『心理カウンセラーをめざす人の本』

新川田譲監修『心理カウンセラーをめざす人の本』 成美堂出版 2008/3/20

この本読んでよかった。

いままでずっと 

「心理学に興味がある」

と自覚してはいたものの

いったい どんな種類があるのか

それに興味がある自分は何なのか

字と図で一目瞭然

「こうですよ」

と 見せてくれるような内容になっている。


前にも書いたことがあったけど

どの仕事もそうであるように

人に何かを教える仕事というのも

ただ技術的なことを習得して伝える

それだけでは できないというのが実感です。

一人の人 その日一日あった出来事

教室に来る直前の出来事

家族 友だち 先生 その他

いろいろな関わりの中で教室にきて

「さあ 英会話をやりましょう」

と マニュアルどおりにやろうとしても

まったく進まないこともある。

教育心理学の分野を 一応研修でやりますが

そんなね 一朝一夕にはうまくいかないものです。

生身の人間ですからね。 

その人が態度に見せない心の状態

うれしいのにうれしくない態度をとってしまう とか

そういう 心理的な洞察ができると

私たちは 相手に対して寛容になれる

と 思います。

多少は。


目次はこうなっています。

1.心をケアするってどんな仕事? 2.社会が求めているカウンセラー 3.カウンセリングの基本を学ぼう 4.心理学がわかる基礎用語 5.カウンセラーの仕事の実態 6.カウンセラーへのインタビュー 7.カウンセラーの資格 初級編 8.カウンセラーの資格 上級編 9.知っておくべき心理学の分野いろいろ 10.学会 大学 一覧


10-5分もあれば すぐ読めます。

とても読みやすい字体と内容です。

そして 専門的なことのほかに

コラムが充実している。

ここが書きたかった。

「必見!映画で心理学」というコーナー

これ見てびっくり

これまでに 自分が好んで見てきた映画が

たくさん載っている。

ははーん 心理学的な映画が好きだったのね

と 腑に落ちた次第です。


「ビューティフルマインド」

「グッド・ウィル・ハンティング」

「恋愛小説家」

「息子の部屋」

「普通の人々」

「パッチアダムス」

見たよ見たよ~

「普通の人々」(The Ordinary People)

なんてのは かなり古い映画だよね。

これ 20年くらい前 学生時代に見た。

監督 ロバート・レッドフォード。

ある家族の兄が事故で亡くなり
 
弟が情緒不安定になる。

セラピーを受けるに従って

両親がそれぞれに抱えていた問題が

浮き彫りになる。

この本には

「個人の病理は その家族全体の病理である」

とありますが 

家族の支障が子供に表れる という点は

教育するものが心得ておくべき重要なポイントだ

と感じています。

その子供ひとりが 好きで登校拒否になったり

ひきこもったりするわけではないよね。

その人一人だけが直ればいい

わんだぢは 関係ない

という ご都合主義に

私は強く反対します。

社会の病理も 弱者に表れる という意味で

今のわげ者 なってねー

とか

とんでもない犯罪が起こっているのを見て

「親 悪いんだ」「しつけなってねんだ」

とか

犯人探しをするのも不毛だ。

これは 私たち一人ひとりの問題だ。


つづく

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お花見に行ってきた

さ~く~ら~

さ~く~ら~

ほぼ満開だよ~

今日は半そででもよいほどの気候で

桜が一気に咲きました。

人もどっと繰り出し

弘前公園は大賑わい。

200804201456000
大手門 入ー場ー

つったかたーつったかたー


200804201505000
成田専蔵珈琲店にて

コーヒーと コーヒードーナツ。

2月11日禁珈琲以来口にする。

♪の形のマドラーがかわいい。

旦那がこのドーナツが楽しみだhappy01

と 家にいる時から言っていたので

別に 警察に捕まるわけではないので

共に食してみる。

何の感慨もなく 普通に飲む…。うーむ。

明日 飲みたい と思うだろうか?

ドーナツは ホカホカでおいしかったです。

香料などでムリに風味付けしていないようで

素朴な味わいでした。

200804201523000

1年に1度のことなので 入場料を払い

天守閣にあがってみる。

下条橋は大混雑なので 撮影を避ける。

200804201541000

枝垂桜の古木。わんだほー!


200804201543000

紅八重枝垂れ桜 ?見たまま命名

この中にいると うっとりheart

200804201546000

本丸から見た岩木山。

津軽の殿様も絶賛しただろう。

200804201614000

公園近くにある 弘前教会です。

こちらも桜がきれいでした。


ソメイヨシノは今が見ごろですが

来週以降は 八重桜がとてもきれいだと思います。

それも毎年とても楽しみにしているのです。

里帰りの際はぜひ ご覧になってはいかがせう。


市内は 桜を始め さまざまな木が花盛りです。

春爛漫ですな。

よいお花見シーズンを

せば!

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明るい一日の始まりです

元気ですかー!

天気もいいし 桜も咲きそうだー!

いろいろあるけど がんばろう おー!

一人上手↑


今回のデザインいかがでせう?

明るい季節を迎え 「ひかり」をイメージしました。

みなさんに 明るい一日が訪れますように。


せば!

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「スゴい1年」のために

今日は曇り

よく低気圧になると 頭痛がするというが

私の場合 腰が変になる。

寒くなったりすると 古傷が痛むというが

体の古傷全部が 正確に痛みます。

いった~ なにすんの~

4月の初めに終わった歯の治療

そこでも先生が

「天気が悪くなると 歯が浮いた感じがあるかもしれません」

と言った。

歯は平気です。

いがった…。

なんだか 暗いな。

5月の末にまたTOEICを受けます。

TOEICのスコアは 2年間有効だ。

前回受けたのは 2006年11月だったので 

なんたかんた今年中には受けたい。

と 書いていて

子供の運動会とかぶっていることに気づく…。

1年生は午前中だろうか?!

なら受けられるが

午後までだとアウトだな。

5月を逃すと11月になってしまう。

10月から年末にかけて

恐ろしく忙しくなってしまう

+季節の変わり目で 体調を崩すことが多い

ということを 

この2年間で学習したため

このすがすがしい季節のうちに受けときたい。

ま いずれにしても 勉強しとこう。

前回は『TOEIC TEST 英単語スピードマスター』

をいうものを買って 1ヶ月集中してやってみた。

漢検もそうなんだけど

1ヶ月以上勉強する気になれない(言い訳)。

今回は3月の頭にテキストだけは買ってみた。

福居守世『新TOEICテスト900点を突破する英文法トレーニング』

同『新TOEICテスト900点を突破するリーディングトレーニング』

今までのパターンだと ブログには

試験が終わった後に事後報告する

という感じだったのだけど

こっそり勉強して

じゃなくて

ここに書いてしまえば もうやるしかないので

自分を追い込もうジャナイカ運動

という 気持ち

書いでまった…。

教室のクラス内通信にも書いたので

もうやるしかありません。

ちょっと前までは 

気長に勉強して

死ぬまでに満点とれればいいや

みたいな気持ちでいたんですが

そんなんじゃだめだ。

虫眼鏡で太陽の光を一点に集めて

焦がすぐらいの集中力で

やるならとことんやってみりゃいんじゃないの

と思わされる事件があった。

(どんな事件だったかは 忘れたcoldsweats01

たとえ満点とったとしても

それでいいということもなければ

ワタシ 英会話 英語デキマス

などと 口が裂けても言えないが

まず目指すはそこだろうと。

腰に鞭打って。

『英文法トレーニング』は 本文約300ページ

今日P152まできました。

今のところ おもしろい。

「短文穴埋め問題」の解き方をひたすらやっていて

ははーん と納得する 目からうろこの問題もある。

『リーディング』の方は 本文239ページ

P88に差し掛かったところ

これはまとまった文を 決まったタイム内で読んで

どのくらい理解しているか 

ところどころブランクのある本文を再読し

その穴埋めをして

理解度をチェックするというもの。

どんどん目標タイムが短くなっていく。

第1章1分間に50語

第2章1分間に100語

ここまでいまやった。

今度は第3章 1分間に150語となり

最後にリーディングの実践問題をやって

締めくくる という流れ。

前回の結果は

リーディングよりリスニングがずっと低かった…。

リスニングの訓練もしなければならん。

前々回は逆だった。意味が分からん。

とにかく まだまだだ。

こないだ高校教師の友人が来てくれて

「10年以上やっているけど

学問はやればやるほど奥が深いし

まだ知らないことがたくさんある。」

と言っていた。

当たり前かもしれないが

10年以上の現役教師でさえもそう思うんだから

駆け出しの新米講師は

まだまだ修行が足りない。

英語に限らず

ほんとに毎日のように

「ええ!知らなかった」

と 絶句するようなことがある。

恥を忍んで書くが

ふきのとうが ふきのこどもだ

ということも つい先日知った。

は 恥ずかしい!

ついでに息子に

「英語でふきのとうって?」

と聞かれ…

Japanese butterbur scapeだそうだ。

ふきは butterbur。

津軽弁で ばっけ。

え 聞いてない?

めやぐめやぐ。

今度ここに やったとこを覚書にしようか

と思ってる。

TOIEC受ける方 情報交換求む

せば!

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自分との戦い

小学校3年生くらいでしたか

父の兄の家に行ったとき

お客さんが来ていました。

家業を営んでいて

ちょっと羽振りのいいご家族でした。

私はそういう snobberyな 

イイとこの 鼻持ちならない人間が苦手でしたので

今もキライですがcoldsweats01

父に「挨拶しなさい」

と言われて シブシブこんにちはgawk

と言った記憶があります。

確か ヨークシャーテリアかなんか

これまた 金持ちの代名詞のような犬を連れていて

二人いる娘さんが

「今度グアムにホームステイに行きます」

と たいそうなご挨拶。

聞いてないよ(笑)。


もうこの辺から 

金持ちに対するヒガミが始まってるな。

その後 全ての話の内容から

カッチーン と来た私は

すぐ近所にある母親の親戚の家へ

黙って避難し

後で

「なんで黙って帰ったの?」

と ビックリされました。

ケッ

東北の地方都市で

30年前にホームステイって。

うらやましい(笑)。


その後 学生時代を通じ 

お金持ちの皆さんとの落差を

まざまざと感じさせることが続きます。

東京の金持ちは 弘前の金持ちとは桁違い。

(この場合 東京=関東)

でもですね

たとえ身なりを普通に装っても

真のお嬢様は 品のよさが隠せない。

そういう人にも何人にも会いました。

アイスクリームのふたについたクリームを

ペロッとなめたりできない

育ちの良さがにじみ出ていて

行動や言動の端々に

ご両親の教育が表れるような

そういう人がいるんだな。


知人で 10年外国で仕事をしてきて

日本に帰ってきた方がいます。

親御さんの仕事柄

子供の頃から海外によく行ったそうです。

その人に会ったとき

「10年外国にいても 帰ってきたら1からやり直し」

と言っていたのが印象的でした。

外国に行ったという経歴が

のどから手が出るほどほしかった私は

この人の言葉が

とても心に深く残りました。


剣は鞘に納めておくものですな。


せば!

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自分の由来

幼少のときから 英語にあこがれを抱いていた

と 書いて思い出したのですが

誰でもそうだと思いますが

自分の嗜好には 環境が大きく関わっているな

と 思わされます。

英語は何と言っても 父親が英語に興味があったからで

3歳まで三沢市に住んでいたこともあり

英語を話す外国人の存在を

何度も聞かされて育ちました。

私が赤ちゃんだったとき

米軍基地の外国人の方に

「オボッチャンデスカ~?オジョウサンデスカ~?」

と 聞かれたのだとか。

そのくらい 男っぽい顔の赤ちゃんだった

というのが 両親の語り草です。

そして よく書くことですが

父は洋楽を好んで聴いていたので

意味はわからなくても

英語の曲 カーペンターズなんかを

よく耳にしていました。

Yesterday Once Moreという曲があります。

Every shalalala every wow-ow still shine♪

の シャラララ~が すごーく好きでしたね(笑)。

意味もわからず暗記していたので

英語が分かるようになってから歌詞を見たとき

「こういう意味だったのか~」

と 納得。


つい数年前に知ったのですが

父は 職場の同僚数人と共に

誰かの自宅に外国人を招いて 

英会話を習っていたそうで

おそらく 英語への興味は

父から来ているのではないか

と 感じています。

(わかりませんが)

ま そのわりの上達ぶりですがcoldsweats01


音楽は身に覚えがあって 

伯父がいつも大音量でクラッシックを聴いていた

これしかない。

本も 伯父が背中に大きな書棚を背負っていて

その蔵書の多さはちょっとした図書館でした。

伯父の存在は 

私たちに大きく関わっていて

いつかどこかで

ちゃんと書く日が来るかもしれません。


せば!

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楽しいから勉強する

子供も新しい生活が始まったのですが

わたし自身も新学期が始まり

今週から新しいクラスと教材で出発しました。

新しい教材というのは ワクワクするね!

自分で言うのもなんだが

ほんとにこの教材はおもしろい(笑)。

自分が小学校のときに こんな英語の教材で

勉強したかったな と思う。


あれは小学校4年生ごろだったか

幼少からずっと英語にあこがれを抱いていた私は

父親にアルファベットを書いてもらった。

しかも 筆記体だった。


なにがなんだかわからないけど

かっこいい!

↑バカ丸出しですな…。


自分もマネをして書いてみたんだけど

めちゃくちゃだったらしく

「書き方教えて」

と 父に迫ったものの

「まだ早いから いいって」

と けんもほろろ

しかしその後 学校でローマ字を習ったので

とても満足した覚えがあります。


よく保護者の方に

英語いつからやったらいいでしょう?

と聞かれますが

その子が「やりたい」と言った時が

やりどきですよ!お父さんお母さん!笑

中学校に行けば困らないから

とか

後で困るから やらなければ

といった脅しは 絶対しないでねheart

↑意味のないハート

英語はおもしろいものです。

勉強は楽しいよ~

本気と書いてマジです。

できるかできないか なんて

二の次だよ。

たとえ入試で落ちたとしても

知的好奇心だけは 競争の道具にしてはいけない。

と どっかの精神科医が書いてました(いい加減だな~)。

その通りだと思います。


みんな はりきって勉強してくれー!


せば!

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かわいい子には 旅をさせよ

ピカピカの1年生の息子どの

とりあえず 近所の子供たちと

わらわらと学校へ出かけ

帰ってきたかと思えば 自転車でお出かけ

お母さんは 自由時間です。

ずいぶん 手がかからなくなったもんだsmoking


日曜日に

お父さんと自転車の練習をしたら

補助輪をはずしても平気だったと

意気揚々shine

また 入学式の2日前に

「僕 今日から一人で寝る」

と宣言し 

自室で一人で寝ております。


最初からそんなに飛ばして 大丈夫かsign02

という 家族の心配をよそに

ことのほか 元気そうです。

ばっちゃは

「ふとん けっとばして 風邪ひけばまね」

と 心配しますが

反対する理由もなかろうと

おもむくままにさせています。

そうやって 意気込んで一人で寝てみたが

数日たって やっぱりみんなで寝ることになった

という子供も 親戚にいるそうで

ま なるようになるべ。


母校に立ち寄ったせいもあり

自分の子供の頃を よーく思い出しています。

先生に会いたいな と 数年前から思い

年賀状だけは出しているのですが

今年は会えるといいなあ。


子供の話なぞ 自分らしくないが

仕事の合間に書ける話題 つーことで


せば!

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新生活スタート

私事ですが。

子供の入学式に行ってまいりました。cherryblossom

諸関係者の方々には 

おかげ様で 無事終えましたことを

報告いたします。

ありがとうございます。


実は

われわれ夫婦も同じ小学校を卒業しており

開けてビックリ 玉手箱

目立った改装や改築もなく

時間が止まったかのように 

そのままの学校に入りました。

校歌も20数年ぶりに 普通に歌ったね。

なつかしい…gawk


幼稚園のときもそうでしたが

元同僚や幼なじみ 部活の先輩後輩

なつかしい顔ぶれに会いました。

こうやってまた再会するのも オツですな。


春 ですね

新しい生活の始まりです。


賢者の石が 中途半端だということだけが

気がかりだ…


せば!

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ねぷた村に行ってみた

旅づいているわれわれは

日常を旅した。

つねづね行こうと企んではいたんだが

もう春休みも終わりに近づいてきたので

今日敢行。

200804041237000
まずは大型ねぷたがお出迎え。

桜祭り前の静けさで ほぼ貸しきり状態。

濃密な空間で説明を聴く。

<ねぷた とは 眠り流しである>

お兄さんが ねぷたとはなんぞや?

について 語ってくれる。

市内在住とはいえ 知らないウンチクも多い。

そして われわれのためだけに!

ねぷた囃子を演奏をしてくれた。

トーク&演奏 この切り替え すばらしい!

教室の発表会でも こんなスマートにこなしたい!

太鼓の人も登場して 1フレーズを終えると

今度は 太鼓を叩いてみませんか?

と訊かれる。

これは予習していたので知っていたが

息子はおじけづいたのか やらないやらないと

首と手をふりふりふりふり

じゃ おかーさんやる

と ハリキッてやってみる。

↑おかしいな~

ゲーセンで「太鼓の達人」なら 喜んでやるのに

息子よ これが本当の和太鼓だ by Madame Sucre。

達人が1フレーズ叩いたあとで まねして叩く。

もう子供時代から知っている ドンコドンコのリズム

聴くとやるとでは大違い!

頭で考えたようには 叩けない!

だが 達人には「とても上手です」とほめられた。

い いがった(笑)


若い時 一度来たことがあるんだけど

その時は確か 生演奏じゃなくて

テープ演奏に 太鼓だけ叩いて聞かせた気がする。

ねぷたも 天井が低いところで チンマリしてたような…

今回は 見ごたえありです。

スロープで上っていって 

ねぷたをぐるりと見渡せます。

五所川原の 立ちねぷた館 とまではいかないが

ひけをとらない 立派な館でございます。

弘前もがんばっちゅう。


<津軽三味線は ただの弦楽器ではない>

あとは 金魚ねぷたや こぎん刺し 津軽塗りなど

工芸品を作っているコーナーを抜け

山弦堂という 津軽三味線のライブハウス(というのか)

にたどり着く。


5分ほどの演奏でしたが!

すばらしかったよ~。

シニアクラス部門で 去年優勝したという女性

イメージでは 民謡の「福士リツ」さんのような

津軽のあっぱを想像していたのですが

(リツさん ごめんね)

なんだかお上品な方が登場して

三味線を弾くというよりも!

恋の花咲くこともある!

三味線を叩いていたね!

とてもかっこよかった。

Shamisen200844
ここでもまた 三味線弾いてみない?

のお誘いがあり

今回は息子も何とか挑戦

べべベンと爪弾いておりました。

「お母さんもやってみない?」

待ってましたー!shine

三味線一度やってみたかったんだよね!

三味線は 1.想像以上に重い

2.弦が絹でできている(3弦目はナイロン弦)

3.バチのもち方は 小指をバチの下に入れるため 攣りそう

という 第一印象でした。

ギターとか 西洋の弦楽器と違って

何のしるしもない。

チューナーもないので 音は耳だけが頼り。

自分の感覚を頼って 指で押さえて弾く。

そして この方が

「弦楽器というより 打楽器に近いものです。」

と おっしゃったのが印象的だった。

同行した母は 

エレキギターのように ガンガン響いていた

と言っていたけど

この人がきっと 上手な人だからかな。

ちょっと観光地できかせる三味線とは

違っていたよ。


またまた息子は 例によってフレンドリー精神を発揮し

自分にまつわる色んなお話をしかへでいた。

ありがたいことに 

三味線の達人はとても子供が好きと見え

ずっと話し込んでいた(笑)。


<コマ実演>

「どちらから来ましたか?」

「…し 市内でーす」

「それは 遠い。」

という お約束の会話から始まり

津軽一円に伝わるさまざまなコマを

実演してくれるコーナーがあった。

200804041342000
これは 回り終えたときに 

1-6までの数字のどこに倒れるか

を 当てるコマです。

これを使って ちょっとしたゲームに参加します。

詳しくは みなさんがやってみてのお楽しみ。

200804041245000
こんな中庭もあります。

福寿草が群生していて とてもきれいでした。

200804041643000
入場券です。

立体的に折って 飾ることができます。

これはいいね。

大人500円 小学生200円 3歳以上100円

となっております。


弘前良いとこ 一度はおいで

ねぷた村も 楽しいですよ~

りんごのソフトクリームや

食事では 「大鰐もやしの 源タレ炒め」

という 青森県ならではのメニューもありました。

↑これ 県内の人のほうが 喜ぶよな。

そもそも「源タレ」って 知らないしなcoldsweats01

(「スタミナ源タレ」という 有名なタレです)

お土産コーナーも充実 楽器も色々あったよ。

ねぷた笛のかわいい袋 ほしい。

(笛すらないくせに)


せば!

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東京オアシス 4

200804011400000
国立科学博物館 というものに

初めて行ってみたよー。

旅雑誌に載ってたんで存在に気づいたけど

じゃなきゃ ずっと知らなかったね。

私は 上野動物園がいいんじゃないかと思ったんだが

息子は こっちの方が断然面白そうだ というんでね。

ふーん もうそんな年頃なのか。

結局 お昼ごはんをはさんで 5時間はいました。

それでも 全部を見ることができなかったほど

見ごたえのある内容でした。


地球館と日本館というものに分かれていて

主に地球館を見学。

こちらは「地球生命史と人類」の副題通り

地上3階 地下3階に分かれ

科学 生物 宇宙などに関わるものが展示されてた。


息子は「探検広場」という

科学のふしぎを体験できる場所にくぎづけになり

延々と遊んでおりました。

三沢航空科学館に近いものがあるね。


折りしも!

『賢者の石』で 物理の世界を垣間見ている私は

この ジュニア向けの科学と技術の歩みを見て

腑に落ちるところがあった。

覚えているかどうかは 別です。

「宇宙を構成する物質 物理法則の研究成果」

だずねろー。

子供が体験して楽しんでいる横で

これはどうして手を叩くとワッカが飛び上がるのか?

と思い

説明しているフリップを読んだが

読んでもわからない。

体験しても 読んでもわからない

って どゆこと?!

と思い つい

「読んでもわからない…」

とブツブツいうと

そこにいたお母さんが笑ってた。


巨大生物の標本があり

旅雑誌で予習していた「ダイオウイカ」を拝見。

手腕を含め 7-8mある…

そんなイカ いるのか?!

(シャレではありません)

と思ってたら

他の 牛のながーい腸やら

キリンのながーい舌なんかもあり

ダイオウイカが 小ぶりに見えた…。

ちょっと グロテスクな寄生虫の標本もあり

苦手な人は 見られないかもしれない。


蝶の標本の中に

ゴライアストリバネアゲハ

という 巨大な蝶があったんだけど

カエルの骨格標本にも

ゴライアスカエル

てのがあった。

こっちも とてつもなくでかいカエル。

ゴライアスといえば

「ゴリアテ」のことだな

と ジブリ好きは察知する。

種小名のgoliathは旧約聖書のサムエル記に登場する巨人ゴリアテ(Goliath)に由来する。(ゴライアスは英語読み) wikipedia

とにかく 巨大なものには「ゴリアテ」

と つけるんだな おそらく

てなことを思った。

Dscf0122_2
きょだいな

Dscf0123_2
きょだいな。

まだまだ未知の世界がいっぱいだー。


<ダーウィン展を見る>


ちょうど企画展で「ダーウィン」をやってたので

この先見る機会もなかろうと 寄ってみた。

これもちょっと『賢者の石』入ってたね。

見てよかった。


ダーウィンの母親というのは

ウエッジウッド社創設者の娘だった

というのが まずビックリ1。

そんで 創設者から数えて8代目の

Thomas T.Wedgwoodという方が

1969年生まれで 日本人と結婚した

というのが ビックリ2。

9代目は日本人の血が半分入っている

とのことです。

日本と縁があるんだね。


『進化論』というつっこんだところは

『賢者の石』とだいぶかぶってくると思う。

人間は神によって創造されたという 創造論か

原子生物から進化したという 進化論か

生物か霊性か

科学か哲学か

ここでも議論されてるぜー。

長くなるので またの機会にでも。


せば!


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東京オアシス 3

三鷹に行くとき 電車に乗ったら

向かい合わせにしか席が空いていなかったので

別々に座ろうとしたら

隣のご夫婦が 席をつめてくれた。

お礼を言って座る。


息子は 自分が弘前から来たこと

これからジブリに行くこと

4月から小学生になること

あらゆる限りのことを しかへだ(教えた)。

60代と思しきこのご夫婦は

栃木から田無へ向かっているところで

「いつも車だから 電車は疲れる」

と 栃木訛りで話していた。

埼玉の北部に長く住んでいた私には

この 北関東の訛りがとても耳に心地よい。

三鷹に 太宰治文学サロンというのがオープンし

駅に横断幕が掲げられていた。

ちょっと見てみたかったが

子連れに文学サロン…

ちょっと無理。

でも 目の前に玉川上水が流れていて

ここが入水したところか

と 一種の感慨を持って眺めた。

「津島修治」という本名を津軽弁で言ったとき

「つすますんじ」と訛りやすいため

訛りがでにくい「太宰治」という名前にしたのだ 

と聞いたことがある。

太宰治もまた 訛りのために笑われた一人だ。


田舎の人間が 東京で渡り歩くってことは

外国にいるのと近いんじゃないかしら?

言葉を初め

田舎の自分を麻痺させていなければならない

うその自分

そんな気がする。


弘前に帰ってきて 何が楽かというと

店で普通に 津軽弁が通じることだよ。

別に どこに行っても 津軽弁を話せばいいじゃないか

と おっしゃるかもしれませんがね。

田舎をさらけ出したときの

あの タクシーや ラーメン屋などで見る

蔑んだ店員の目つき

そんな人間は 無視すればいいじゃないか とか

そういう問題じゃなくてね

そういう 世に言うスタンダードを外れている暗さを

私たちは 大なり小なり抱えている

と 私は思います。


『エデンの東』に こういう一節がある。

アメリカで 中国人が洗練された英語を話すと

怪訝な目つきをされる。

ピジン(混成)語を話さない中国人という

期待を裏切る存在を 白人は認めたくないのだそうだ。

だから 中国訛りの英語を 中国系アメリカ人が話すと

白人はホッとする。

「人は 見たままを観察するのではなく

自分が期待するものを 相手に見ている」

と スタインベックは指摘する。


学生の頃 大家さんのところに仕事で来た男性が

一緒に食事に行きたい

ということで

まったく気乗りのしない誘いで 一度断ったが

大家のおばさんの強引さに負け

(ここでもlose-win)

仕方なく デートに出かけたことがあった。

その人が 自分のタイプなら 

きっと積極的に出かけたかもしれない。

とにかく当時19歳 

相手が28歳sweat02

服のセンスもさえないおじさんで

もう 逃げ出したかったが

うまく断るすべを知らない青二才は

しぶしぶ出かけたのであった。


この男性

私が青森県の人間だということで

自分が都会の洗練された大人であることを 

とても強調していた。

アウトドア志向で サーフィンやバイクに乗り

カナダにスキーに行ってきたなど

電車の中で 大きな声で自慢し

↑この時点で もうゲッソリ

あげくに そのスキーのビデオを貸してよこした。

自分のスキー姿が映ったビデオを貸す男…gawk

申し訳ないが

彼がそんな あかぬけた存在ではないことを

私は最初からわかっていた。

とてもムリをしていたのでね。


後で友人に指摘されたことには

そういう 田舎から出てきた

世間スレしていない うぶな女の人を

結婚相手に探していたんだよ ってね。

「うぶ」で「スレていない」などと

まったく私というものを 見ていないね。

そんな勝手なイメージ まっぴらごめんだね。


この男性に代表されるように

ことあるごとに 

私は「青森県」という勝手なレッテルを貼られる。

敷地数百坪の家には 薪ストーブ 

さすが北国お酒は強かろう

田舎は結婚が早かろう

という 期待する「田舎モノ」像を 

人は私に見るわけだよね。

そして 自分も相手に

勝手なイメージをもって 眺めている。


黒人は強奪され 

文化背景と言語を白人文化に同化させるために

アイデンティティを根こそぎもがれた。

例えば さまざまな言語がアフリカにはあったのだけど

意思の疎通による反逆を抑えるために

同じ部族を 異なるプランテーションへ入れた。

黒人は言語を剥奪された背景がある。

この「言葉をもがれた人間」というのが

津軽弁をもがれた津軽衆 に通じる気がしてね。

多数派にとっては 少数派は

「見えない存在」だ

という 黒人文学を思い出す。


両親の出身地の関係で

津軽弁と標準語を巧みに使い分ける人もいれば

津軽弁と英語を自由に操る人もおりますな。

その地域と集団に馴染むためには

その土地の言葉を話せなくてはならない。

私はこのような人たちに強く共感する。

なぜなら

私は 自分を通そう というタカ派ではないが

自分を偽ろう というハト派?にもなりきれない。

使い分けられるようにしておく というコウモリ派

だから とでも言おうか…。


東京は 外国人が多かった。

ジブリにも 

髭をたくわえた めがね姿の外国人三人連れが

作品を見ながら あーだこーだと議論していた。

風貌は コッポラ+スピルバーグ風

その筋の方々なんだろうか?


バス停で 白髪混じりでめがねをかけた 

上品な女性と目が合い

お互いにっこりした。

バスに乗り合わせ 

息子さんらしき人と英語でずっーと話していた。

察するに 香港の方

ときどき 広東語か 中国語と思しき言葉が混じる。

そのとき

中国語で会話しないのはなぜなのかな

英語の方が こちらの抵抗がないからじゃないのかな

と また勝手なイメージを持って眺める自分。

元同僚の知人の体験談だが 

東京に初めて行った時

ホテルのフロントで 標準語が出てこず沈黙してしまった。

でも 英語が得意だったため

英語で通した というのを思い出した。

津軽衆は 学校で英語を学べるが

標準語は学べない。


話す人間は同じにもかかわらず

その時のフロント係が

津軽弁を話す人間を見る目と

英語を話す人間を見る目は 違っただろう。

そして 

私たちが

中国語を話す人間を見る目と

英語を話す人間を見る目も 違うだろう。


つづく


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東京オアシス 2

200803311614000
ご多分にもれず 三鷹の森ジブリ美術館へ

ここは 想像していたより混んでいなかった。

息子は 特大ネコバスで遊び

今までに見たことがないくらい

全身で歓びを表現していた。

上によじ登って 仰向けに寝てみるやら

滑り台のように降りてみるやら

奇声を発して 目がイッてたね。

そんなにおもしぇーのが~

連れて来たかいがあった

いがったいがった。


200803311616000
屋上にある ラピュタのロボット

でかくてリアルだった。

200803311547000
これは 

トトロで「井戸」を漕ぐシーンがあるが

それを実体験できる

本物の井戸のところにあるマンホールです。

顔型になっていて 

マンホール好きの息子は

いたく気に入っていた。

マンホールには 水道 汚水 電気 電話など

さまざまあって

その土地によっても 模様が違い

バリエーションに富んでいる。

これを「しまじろう」で学習していた彼は

普段 よく道路でチェックしている。

ときどき 危険を省みず コワイ。


そんなわけで

東京に行ったら 絶対マンホールを見る

という目標を立てていた。

しかし 

東京駅南口 都バスバス停近くにあるモノは

彼のお眼鏡にかなわなかったようで

「おもしろくないマンホールだった」

と バッサリ。でも

ジブリでいいブツが発見できて ご満悦heart


つづく

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東京オアシス 1

200803311300000
あーたのそばで~

ああ 暮らせるならばぁ~

辛くはないわ~

この東京砂漠~ぅ♪

ちょうど3年ぶりの 東京詣で

久々すぎて 

「なんちゃって標準語」がなかなか出てこなかった。

そして 弘前より寒かった。


今回「都バス」に初めて乗った。

東京でバスに乗るということ したことなかったね。

おのぼり丸出しで おもしぇがった。

東京国際フォーラムとかね

経済産業省とか通ってね(笑)

いつもしないことをする というのは

単純におもしろいものだ。