行動しながら考える
年末のモットーです。
どっどど どどうど どどうど どどう
怒涛の年末佳境に入ってきたよ~
教育テレビ 日本語であそぼ ぢゃないかって?
つっこみありがとう…
自分でつっこまなきゃ!
ドンドンドンドン ガラガラガラガラ
(鳴り物)
怒涛を音楽で表現してみました。
「いや 私には余裕があります。
経済的に 心理的に 時間的にも。」
もし 「忙しいな」
と感じたらば
決して「忙しい!」
とか
「目が回りそうだ!」
などと 口走ってはいけない。
必ず「こうなりたい」という状態を口にする。
たとえ あなたが借金で首が回らなくても
「金がない!」
などと口が裂けても言ってはならない。
「お金がどーんどん入ってくる!」
と 言うべきである
…そうです。
簡単だし 誰にもめやぐしない(迷惑にならない)ので
やってます。
これはいい自己暗示です。
壊れ気味のつぶやきはこれぐらいにせよ。
おどでな(おととい)
NHK総合「プロフェッショナル―仕事の流儀」を見ました。
絵本作家 荒井良二さん
これは絶対みたい!と思い
携帯の「TO DO」に登録 無事見ることができたのだー
(でなければ 忘れて寝るタイプ)
日本人で初めてアストリッド リンドグレン記念文学賞を受賞した
という 2005年の新聞記事を 切り抜いてあります。
「日大芸術学部卒業 イラストレーターとして活躍 1990年に絵本デビュー。『うそつきのつき』で小学館児童出版文化賞 『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童図書展特別賞 『森の絵本』で講談社出版文化賞絵本賞を受賞した。50歳」
「小学校一年のとき 学校に行かず 家で絵ばかり描いていた。親や先生に理由を問い詰められ 自分もわからなかった当時の気持ちがよみがえる。『今はかつての六歳の僕に元気を出せよと言いながら そのままでいいんだよ ゆっくりでいいんだよと伝えたい」
「ゆっくりでいいんだよ」
いいですねえ。ここがいいな と思って 切り取ったんですがね。
テレビでは
もともと絵本に興味があってやっていたが
人まねを脱出できず苦しんでいた時期があったことや
食べるために始めたイラストレーターで 徐々に活躍し出したが
人の意向に沿って描く仕事の仕方で 神経をすり減らし
夜眠れない めまい 食べられなくなる 自律神経失調症になった
と言っていました。
ところが ある時転機が訪れ
編集者の一人に「絵本」を描かないかと誘われた。
そこで
「子供の頃の自分が喜ぶものを描いてみよう」
と 思い立ち
『ユックリとジョジョニ』を創る。
これを 1991年に世界的な絵本の新人賞である
「キーツ賞」にを日本代表として出展してたちまち注目を浴びた
という経緯が語られました。
スタジオでも ホストの茂木健一郎が用意した
「ホープフルモンスターがやってきた」
という 言葉にちなんだ絵を 即興で描いていらした。
「ホープフル」という言葉を聴いたとき まず
「日の出」と「にわとり」が浮かんだ ということで
できあがりは いろんな色の中に
朝日とにわとりを抽象的に描いた絵になっていました。
茂木さんに
「まとめようとすると まとめちゃいけないという作業に入って
両方がせめぎあっている」
と 指摘されていました。
これが 番組を通じて登場する
「子どもの自分」と「大人の自分」
のせめぎあいに発展していきます。
まず荒井家の台所には 顔の描かれたポットや冷蔵庫が
たくさん並べてありました。
それは しかめっ面している「大人の自分」に
「まあまあ リラックスしなよ」
と 語りかけてくれるものなのだそうです。
そして 荒井氏は日々散歩に出かける。
それを「日常じゃーにー」と言っていた。
私も「日常を旅する」と ここに書いたことがありましたが…
私の場合 それはそもそも岡本太郎が
「毎日生まれる」
と 表現していたことに感化されているのです。
あの ギロギロした目で 毎朝庭を観察して
日々発見をしていた様子を テレビで見たことがあります。
それと全く同じように 荒井良二という人も
道路を挟んだ2本の電信柱に
たくさんくもの巣ができているのを見て
「クモのトンネル」
と 言ったり
緑の茂みの暗がりにじっと目を凝らして
「ブラックホール」
と 表現していました。
カメラマンは 退いていました…。
彼が絵本を創るとき
主人公がいて ストーリーを最後まで引っ張っていく
という描き方をしていませんでした。
一枚一枚 ひらめきを少しずつ描いていって
どんどんそれが 違うものに変化していき
設定のない 予想もつかない絵になる様子が何度も映りました。
折れた芯だけの色鉛筆などをわざと使ったりしていたのですが
それに対し 茂木さんの
「不自由な道具に脳が反応する」
と 的確なお言葉。
正しい姿勢で 長い鉛筆を持っていながら
「自由に描け」
というのは できないのだそうです。
ところで 左右脳の機能差は
左半球―産出的 分析的 記号的 理性的 論理的 抽象的 場面独立的
右半球―受容的 全体的 音楽的 感情的 直感的 具体的 場面依存的
というのがあるそうですが
子どもの自分と 大人の自分のせめぎあい
というのは
こういう「右脳」と「左脳」のせめぎあいなのかな?
と 感じました。
ここにも 「自分の中の双子」がいるんだね。
コリン・ウィルソン『アトランティスの遺産』でも
左脳の中に閉じ込められた現代人のことが強調されていましたが
その著者が指摘している通り どちらか一つ ではなくて
左と右のバランスをとることが大切だな
と 思った次第。
荒井良二語録をお届けします。
「寄り道しないと自分の本領が発揮できない」
「情熱のヘタクソ あの人を喜ばせたいという熱意のあるヘタは『あり』」
「自分の絵本を見ることで その人が『ノックされている』ことを望む」
「子どもの自分をひき出す」
「体をまず喜ばせる」
「先を考えない=大人の自分と戦う」
「生みの苦しみの中で『困難な道の向こうにいる 新しい自分』に会う」
そして最後に
「プロフェッショナルとは
『プロであることをどれだけ忘れてそれに没頭できるか』」
である
サンキュー リョウジ~
(ちかしい)
せば!