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2007年12月

人間賛歌 紅白歌合戦

小林幸子

Gakt

大塚愛

ときたね。

がくと いいね。

ありゃ大河ドラマを変えたね。

NHKも変わったね!

ムーディ勝山と

前川清&クールファイブを一緒に歌わせるんだからね

なかなかユーモアを解すな。

今日くらいは テレビをイヤと言うほど見るぞ。

言っとくばって 8年前に92歳で死んだおばあちゃんの名は

「愛」だぞ。

ハイカラな名前だべよ~!


長瀬って 別れだっきゃ ぶり上がったよの。

いまの 髭ぼうぼうの長瀬が好きだー。

槙原則之も 好きですよ。

槙原が23歳の時に「どんなときも」を歌ってヒット

新聞に「浪人して青山学院に入学して 音楽活動も平行

『音楽を続けたいけれど 大学には行きたかった』

とコメントしていたっけな。

その頃ちょうど仕事をやめて大学の編入試験を受けようとして

槙原の「どんなときも」を応援歌にしてがんばったんだっけな。

イイことも悪いことも体験したまっきーは

全体を知る人間となったね。

紅白で晴れ姿を見られて よかったよかった。

あゆも長瀬に「ありがとう」って言いたいんだべの。

いろんなことを経験した方が 

人間に深みが出る気がするね。


え 中居くん 「こうだくみさん」って普通に紹介したな。


さー どんどんみんな歌っとくれ!

徳永英明の 女性の歌ばかりカバーしたアルバム

いいらしいね。

I'm just a woman fall in love かよ~

うっとり…


中村中さんの歌 初めて聴いたよ。

存在そのものに意味があるね。

自分の大事な本に『紐育マサオ』というのがあって

うつみ宮土理の実体験に基づいた話で

ゲイでやり手のヘア・メイクアップアーチストであるマサオが

自分の居場所を求めて

「男と男がキスできる街 ニューヨーク」へ行き

エイズによって死ぬ。

「本当の自由なんて どこにもないのよ」

という マサオの言葉が忘れられない。

でもね

本当の自由は 

いま自分の中に

ここにあるのです。


美空ひばり 生誕70周年ですかー。

ずいぶん若くして亡くなったんですね。

言っとくばって

わっきゃ若いころ何人にも「美空ひばりに似てる」

と言われだんだ。

びみょー。

似てないしぃ。

小椋桂と 美空ひばりのデュエット

さながら ナッキンコールと ナタリー・コールのようだね。


良いお年を!

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680万円の福袋

ついに今日明日で今年も終わりですね。

一年間お疲れ様でした。

ありがとうございました。


御用納めとなり 心身ともにぐぐっと気が抜けた。

もうなにもできない。

といいながら やらないわけにはいかないので

何とか夕食を作って食べた。

200712301059000
たまには電車に乗って 小旅行気分です。


200712300740000
大さむ 小さむ~ 山から小僧が飛んできた~
大鰐のてっぺんは 真冬だぞー

200712292134000
風呂上りに一杯~ ぷはー


ああ 楽しい時間はあっという間に過ぎ

気がついたら もとの娑婆へ帰ってきていた。

今日の新聞を見たら

中三デパートの福袋がおもしろい。

にっぽん丸で行く 世界一周クルーズ101日間

お値段680万円也。

さらに お支度金として

中三商品券50万円をおつけ致します。

あ~ら じゃあフォーマルドレスを新調して

毎晩パーティに繰り出さなくちゃっ

どーすー 101日間も24カ国周って

ファックスで出版社に紀行文の原稿を送らなくては

↑妄想が激しい


さらには宝石の福袋

旦那「この200万円の宝石 もし200万あれば欲しい?」

私「200万じゃなくて

  2億円くらいあれば しかだねーはんで買ってもいい。」

ふっ。

マイホーム2008万円てのもございます。


「101日間も休んだら 仕事にこなくてもいい と言われる」

と 旦那様は言っておりましたが

かの坂本達氏は 4年以上有給休暇をもらって

世界一周してきましたからね。

夢ではないと思います。

なーんと 大きくでたな このこのこの


しばらく冬眠したい…


せば!

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自分に正直になることを教えてくれる先生

まあたいそうご立派なことで

いつも書くことはすばらしい。

しかしそれを100%実行するのは不可能に近い。

とりあえず今日は空き缶2本拾った。

一日一膳一善。


今の自分にとって 一番の先生は息子である。

彼は動物的感によって 自分に正直に生きている。

こちらがどのくらい「気を遣っている」か とか

「仕事をやりくりして育児をしているか」とか

そういう小ネタは通用しない。

いまの自分に必要か 必要でないか

それだけである。

なので 冬休みに突入したいま

彼の要求にこたえながら 必死に仕事上の雑務をこなしたり

家事をやっている母の姿は関係なく

自分にとって この人は一番言うことをきいてくれる人か否か

それだけを厳しく見極めている。

「僕じっちゃとばっちゃきら~い」

と さっき言っていたかと思えば

「ぼく ばっちゃと出かける」

と 簡単に寝返る。

開いた口がふさがらない。


否 

私は仕事でやることがあれば

彼を幼稚園で預かってもらうべきである。

「行きたくな~い」

という甘えに屈してはいけない。

そして 彼を大事にするように 自分を大切にするべきである。

「あなたのためにやっている」

という恩着せがましいことは 決してすまい。


「自分がやりたいことをやりなさい。」

「がんばりすぎずにがんばりなさい。」

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平和と遊び

先日の「グルメさわだレポート」

明鏡欄に投稿したのが 載りました。

結構送ってから日が経ったので 

「またボツかよ…」

と あきらめていたのです。

そしたら今日の夕刊に載っているぢやないか。

「おお!」

と 家事の手を止めて読み

一種の感慨にふけっていたところ 一本の電話が。

サタさんご本人からでした。

わざわざありがとうございました。

制限550字では収まりきらない魅力の持ち主です。

宣伝すると お断りする方が多くなるのでしていないということですが

みなさまも機会がありましたらぜひ。


約2年ぶりにまた明鏡に送ってみようと思ったのは

サタさんに 伝え切れなかったことがあったので。

そして

明鏡欄にもときどき

「世の中が悪いから 子どもを産み育てる気がおきない」

とかという投稿があるが

とにかく「世の中が悪い」という不平はもう聞き飽きた。

そんなことを言っているヒマがあったら

ゴミの一つでも拾ったほうが よっぽどすばらしい。

自分から積極的に良くしていこう という行動によって

良い世界がつくられる。

それをサタさん(と ご主人)は伝えている と思ったので

思い切って。


澤田サタさんの半生をつづった「マイウエー」という記事が

去年 新聞に7回ほど連載されました。

青森県にゆかりのある人物が 自分を語る形式で

さまざまな分野で活躍されている人が取り上げられています。

まず 彼女がいま弘前市内に住んでいるということに驚き

「英語に興味をもったことが その後の人生を左右した」

という内容に ぐいぐい引き込まれました。

いつかその 一日一組をもてなすという場所に行ってみたい

と思い 記事を切り抜いてありました。


先月だったか 土手町を車で走っていたところ

サタさんを見かけました。

右折しようとした私の車の前を渡ろうとしていたのですが

先を譲ったので 軽く会釈をされて颯爽と歩いて行かれました。

新聞の写真と同じ姿だったので(当たり前)

「あ サタさんだ」

と 一人でびっくり。

弘前ガイドブック「TEKUTEKU」の今号に

サタさんのインタビューが載っていたので

2・3度立ち読みしていたのですが

これは「行け」ということだな

と 察知し

お友だちを誘って ついに訪問が叶った

というわけです。


夢は温めておくものですね。


サタさんのご主人 「報道写真家 澤田教一」という方は

戦争の悲惨さを伝えながら

いつかはその戦争があった村が平和になった時に訪れて

写真を撮りたいと願っていたそうです。


いつも思う「平和」という言葉ですが

世界の平和は 自分ひとりの心の平和から始まって

家族の平和

地域の平和

国の平和

そんでやっと世界の平和…

だから自分ができることは

まず自分のことだね。


イライラしたり 怒りっぽくなったら

「今なんで腹が立っているのか」

と自分を客観的に見たり

子供の頃の環境を振り返ってみたり

そういう 心理学的な内省をすること。

お母さんがにっこりすれば 家族の平和につながる。


そして 世代間のギャップに圧倒され

押したり退いたり けんかしながらも

同居家族とそれなりに仲良くする(笑)。


それができたら今度は

近所の人と挨拶する。

気づいたときしかやらないが ごみを拾う。

共有している場を時々きれいにする。

そうすると なんだかご近所と仲良くなる。


私がやっているのはそこまでです。


あとは 教室に来る子どもたちと

お母さんたちと いっぱい話すこと。


または親戚を時々尋ね お土産なぞを持参し

懐かしい話をする。

そうすると それぞれの人が

実は少しずつ自分であることに気がつきます。

「自分になる」ともいえる。

特に今年は

久々に会った親戚と話して

実は伯母たちが 趣味で詩を書き続けていたり

ピアノを続けていたり

いとこが 絵を描くのが好きで 飾っていた

…などということがわかり

なぜ自分が日記を書き続けていたり

音楽や美術に興味があるのかを垣間見たように思われました。

「みんなが少しずつ自分」

そういうことをこれからも地道につづけよう。


あと 

「Always 3丁目の夕日」なんかを見たり

前から子どもと見ていた「未来少年コナン」を見るにつけ

平和って

そこにあぐらをかいていちゃ 維持できないんだな

日々戦って勝ち取っていくんだな

と つくづく思わされるんですよ。

なんだか 平和というお題目がでかいですが

(先日息子が買ったダイソーのおもちゃも タイトルがでかい。

その名も「宇宙セット」 

NASAの宇宙飛行士と 宇宙探査機 ロケットのセット

これで105円。「宇宙」が105円て!)


あと

「スキマ」がないとだめなんじゃないか

30年代の様子をよく特集したりしていますが

何か 満たされていない「隙間」がありますよね。

土地にしても 家や家具や服装にしても

満足しきっていない空間がまだある。

だから

ちょっと不便だとか 足りない というところを

今はわざわざ作っておく必要があるんじゃないかなと。

まるで『求めない』や

『ハコミセラピー』の中にある「空間」の話と同じなんですがね。

「老子は『からっぽであること』と『存在しないこと』をとても勝ちあるものとして大切にしました。それは 肯定的な概念なのです。存在しないことは とても役に立つのです。

ひとつの車輪には たくさんの輪止めがあるけれど 車が動くのは まんなかに穴があるからだ。粘土でつぼをつくるけれど 内側にからっぽのところがあるから 役に立つのだ。(『ハコミセラピー』P24)」

これを文字で表現するのは難しいんですが

「遊び」の部分 なにもない部分というのを

自分に残しながら 仕事をしていこう

と 思うようになりました。


2007年はそういう年であったことよ。


来年からは

「外国」ということにもっと積極的にアプローチしたい。

ただ旅行ということだけじゃなく。

先日自分の中で 具体的目標を掲げてみました。

時間がかかっても やるよ。


いつもながら 

えらそうに書いているが 葛藤の日々

ではでは また

せば!

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黒いサンタクロース

こんにちは~!

クリスマス ですね。

サンタクロースは来ましたか?

お父サンタクロースやら お母サンタクロースのみなさん

お疲れさまです。

わがクラスのある男の子によれば

「黒いサンタクロース」

も いるのだそうです。

それは 悪い子にやってくるサンタで

プレゼントではなく 罰を与えるのだとか…。


それを旦那に話したところ

「そういえば テレビでこないだ黒いサンタクロース出でらよ」

とな(でんじろう)。

それを見たからかもしれないが

赤―いい奴 黒―悪い奴

という対比が面白い。

まだ御用納めとはなっていないため

気が抜けない私です。

ゆっくりブログ…いつか…


せば!

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「グルメさわだ」をたずねて

報道写真家の故澤田教一夫人が開いておられる「グルメさわだ」にお邪魔し、静かな佇まいの中おいしい食事を堪能した。昨年新聞で「マイウェー」でその澤田サタさんが連載されたが、その通り好奇心の強いまっすぐなお人柄だった。

海外生活経験のある彼女にとって、外国は日本ほど人付き合いに疲れない居心地の良い空間だったそうだ。それは外国礼賛ではなく、飽くまでも彼女の慣習にとらわれない自然体からだと思う。津軽で外国を夢見る者として学ぶべきものがあると感じ、周囲との調和を図りながら好きでやりたい仕事などのバランスをとるにはどうしたらよいかと訊ねた。「八方美人になることなく、それとなく気の合う人とつきあいながら、基本は自分の好きなことをするのがよい」とのこと。肩の力が抜けるように思われた。

また、「よく『今の若い者は…』といわれるが、違う。高校生が取材に来たが、とてもしっかりしていた。若い人や赤ちゃんからも沢山教わることがあるし、皆が私の先生だ」とおっしゃった。自分も教える身として子どもに接する機会が多いが、全く同感で次世代を信頼している。一部の腐敗が一方的に報道されるのを見て嘆くより、一人ひとりが良いものを育む気持ちを持ちたい。サタさんには「頑張りすぎずに頑張りましょうね」と背中を押していただいた。ありがとうございました。

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荒井良二―子どもの領分

おはようございます。

ここ数日のモットーは

「ケチケチすんな!」

でした。

サンタクロースになった気分で

方々に配りまくっております。

(何かを)

みんなの笑顔が見たい

今年もどうもありがとう

という一心です。

(さもさもいい人のような印象を受けた方

いいことだけここに書いていますので お間違いのないよう)


えー。

先日の荒井良二さんのお話の中で

書ききれなかったことがあります。

それは 子どもについて。

彼は 子どもという存在を賞賛していています。

子どもたちを対象にしたワークショップを定期的にしているが

とても自分がかなわないような 斬新な発想が見られるそうで

「おまえら天才だ!」

と 打ちのめされておりました。

そうやって 自分も刺激を受けているのだそうです。

子どもたちのやりとりの中でのエピソードに こういうのがありました。

あるとき 荒井さんが描いた絵を見た少年が

「その下書きの線 消した方がいいよ」

と 言った。

それは下書きではなくて 堂々の清書だったのだけど

そう言ってもらえて とてもうれしかったそうだ。

(そこが荒井さんのすごいところ)

なぜなら その少年は 自分を同等かあるいは

下に見ているのだとわかったから。


荒井さんが絵を描いているときにも

「大人だよな~…」

と 絶句しているシーンがあって

ストーリーを結末までもっていこうとする大人の自分と

戦っている様子が伺えました。


だいたい私なんかは

子どもたちにつっこまれないように予防線を張って

えらそうなフリをしたりしますがね…

先日もある方とこの荒井良二語録を語り合っていたところ

相手の方が 荒井さんと全く同じように

「子どもと接するときには 犬に序列があるように

自分が一番下であるように心がける」

とおっしゃっていたのが とても印象的でした。

そうでなければ 子どもは心を開かない。

服装とか 肩書きとか おせじとか

そういうことを子どもは解さない。

もう肌で 感覚で 見ただけで

この人はどういう人かを見抜く というわけです。

「本質」を見抜く子どもの能力…うーむ。


ずっと前「お気に入り」に入れていたあるブログでのことです。

そのブログの主は 書いてある内容から察するに

おそらく 自分よりもずっと年配の男性の方で

大学で教える仕事をしているようでした。

ある時

「実は小心者で うまくできるかどうか内心ドキドキしているが

大人数の生徒の前では 私はさも模範的な教授であるかのように

エラそうにふるまっている」

ということが書かれたときがあった。

意外なことに少し驚きつつも 親しみを感じました。


本当の自分 子どもの自分というのは

ずっと奥に隠してあるんですよね。

だから 子どもの自分をひき出そうとしている荒井良二という人は

本当の自分と向き合おうとしているように思えます。

子どもの世界の扉をノックしたいものです。

余談ですが 先日の

「子どもの自分をひき出す」
「体をまず喜ばせる」
「先を考えない=大人の自分と戦う」

といった 荒井良二語録はまさに

精神世界で語られていることであって

こないだ ちょびっとやってみたヨガでも

全く同じことを実践しているわけです。

そういうことを考えると

「全ての神話は、人間の経験を改めて語ったものである。」
The whole legend is a retelling of human experience. Steinbeck, A Life in Letters

ということが本当なんだな と思わされる。

だから 神話や伝説 口承の昔話を読むと

これはまさに 自分に起きていることと同じだ!

と励まされたり

勇敢に立ち向かっていく主人公を見て 勇気を奮い立たせたり と

自分の物語になっていくのだろうと思います。


次回この 「自分の物語」について書こうと思います。


子どもの世界~♪


せば!

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「プロフェッショナル―仕事の流儀 荒井良二」

行動しながら考える

年末のモットーです。


どっどど どどうど どどうど どどう

怒涛の年末佳境に入ってきたよ~

教育テレビ 日本語であそぼ ぢゃないかって?

つっこみありがとう…

自分でつっこまなきゃ!

ドンドンドンドン ガラガラガラガラ

(鳴り物)

怒涛を音楽で表現してみました。


「いや 私には余裕があります。

経済的に 心理的に 時間的にも。」


もし 「忙しいな」

と感じたらば

決して「忙しい!」

とか

「目が回りそうだ!」

などと 口走ってはいけない。

必ず「こうなりたい」という状態を口にする。

たとえ あなたが借金で首が回らなくても

「金がない!」

などと口が裂けても言ってはならない。

「お金がどーんどん入ってくる!」

と 言うべきである

…そうです。

簡単だし 誰にもめやぐしない(迷惑にならない)ので

やってます。

これはいい自己暗示です。


壊れ気味のつぶやきはこれぐらいにせよ。


おどでな(おととい)

NHK総合「プロフェッショナル―仕事の流儀」を見ました。

絵本作家 荒井良二さん 

これは絶対みたい!と思い

携帯の「TO DO」に登録 無事見ることができたのだー

(でなければ 忘れて寝るタイプ)


日本人で初めてアストリッド リンドグレン記念文学賞を受賞した

という 2005年の新聞記事を 切り抜いてあります。

「日大芸術学部卒業 イラストレーターとして活躍 1990年に絵本デビュー。『うそつきのつき』で小学館児童出版文化賞 『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童図書展特別賞 『森の絵本』で講談社出版文化賞絵本賞を受賞した。50歳」

「小学校一年のとき 学校に行かず 家で絵ばかり描いていた。親や先生に理由を問い詰められ 自分もわからなかった当時の気持ちがよみがえる。『今はかつての六歳の僕に元気を出せよと言いながら そのままでいいんだよ ゆっくりでいいんだよと伝えたい」

「ゆっくりでいいんだよ」

いいですねえ。ここがいいな と思って 切り取ったんですがね。


テレビでは 

もともと絵本に興味があってやっていたが

人まねを脱出できず苦しんでいた時期があったことや

食べるために始めたイラストレーターで 徐々に活躍し出したが

人の意向に沿って描く仕事の仕方で 神経をすり減らし

夜眠れない めまい 食べられなくなる 自律神経失調症になった

と言っていました。

ところが ある時転機が訪れ 

編集者の一人に「絵本」を描かないかと誘われた。

そこで

「子供の頃の自分が喜ぶものを描いてみよう」

と 思い立ち

『ユックリとジョジョニ』を創る。

これを 1991年に世界的な絵本の新人賞である

「キーツ賞」にを日本代表として出展してたちまち注目を浴びた

という経緯が語られました。

スタジオでも ホストの茂木健一郎が用意した

「ホープフルモンスターがやってきた」

という 言葉にちなんだ絵を 即興で描いていらした。

「ホープフル」という言葉を聴いたとき まず

「日の出」と「にわとり」が浮かんだ ということで

できあがりは いろんな色の中に

朝日とにわとりを抽象的に描いた絵になっていました。

茂木さんに

「まとめようとすると まとめちゃいけないという作業に入って

両方がせめぎあっている」

と 指摘されていました。

これが 番組を通じて登場する

「子どもの自分」と「大人の自分」

のせめぎあいに発展していきます。


まず荒井家の台所には 顔の描かれたポットや冷蔵庫が

たくさん並べてありました。

それは しかめっ面している「大人の自分」に

「まあまあ リラックスしなよ」

と 語りかけてくれるものなのだそうです。

そして 荒井氏は日々散歩に出かける。

それを「日常じゃーにー」と言っていた。

私も「日常を旅する」と ここに書いたことがありましたが…

私の場合 それはそもそも岡本太郎が

「毎日生まれる」

と 表現していたことに感化されているのです。

あの ギロギロした目で 毎朝庭を観察して

日々発見をしていた様子を テレビで見たことがあります。


それと全く同じように 荒井良二という人も

道路を挟んだ2本の電信柱に

たくさんくもの巣ができているのを見て

「クモのトンネル」

と 言ったり

緑の茂みの暗がりにじっと目を凝らして

「ブラックホール」

と 表現していました。

カメラマンは 退いていました…。


彼が絵本を創るとき

主人公がいて ストーリーを最後まで引っ張っていく

という描き方をしていませんでした。

一枚一枚 ひらめきを少しずつ描いていって

どんどんそれが 違うものに変化していき

設定のない 予想もつかない絵になる様子が何度も映りました。

折れた芯だけの色鉛筆などをわざと使ったりしていたのですが

それに対し 茂木さんの

「不自由な道具に脳が反応する」

と 的確なお言葉。

正しい姿勢で 長い鉛筆を持っていながら

「自由に描け」

というのは できないのだそうです。


ところで 左右脳の機能差は

左半球―産出的 分析的 記号的 理性的 論理的 抽象的 場面独立的
右半球―受容的 全体的 音楽的 感情的 直感的 具体的 場面依存的

というのがあるそうですが

子どもの自分と 大人の自分のせめぎあい

というのは 

こういう「右脳」と「左脳」のせめぎあいなのかな?

と 感じました。

ここにも 「自分の中の双子」がいるんだね。

コリン・ウィルソン『アトランティスの遺産』でも

左脳の中に閉じ込められた現代人のことが強調されていましたが

その著者が指摘している通り どちらか一つ ではなくて

左と右のバランスをとることが大切だな

と 思った次第。


荒井良二語録をお届けします。


「寄り道しないと自分の本領が発揮できない」

「情熱のヘタクソ あの人を喜ばせたいという熱意のあるヘタは『あり』」

「自分の絵本を見ることで その人が『ノックされている』ことを望む」

「子どもの自分をひき出す」

「体をまず喜ばせる」

「先を考えない=大人の自分と戦う」

「生みの苦しみの中で『困難な道の向こうにいる 新しい自分』に会う」

そして最後に

「プロフェッショナルとは 

『プロであることをどれだけ忘れてそれに没頭できるか』」

である

サンキュー リョウジ~

(ちかしい)


せば!

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一週間が終わった…。

いがった…。

正確にいえば 明日も一仕事あるといえばあるのだが

今日が終われば ひと段落である。


今日は研修だった。

研修はおもしろい。

なぜか。

英語の研修だからだ。

自分が好きなことだから おもしろい。

やってもやっても興味が尽きない。

と同時に

英語と全く違うことにも刺激を受けとこう と思う。

それが本業をうまい具合にひっぱっていくだろう。


師走も佳境に入ってきたよ~

公私共に行事が目白押し

これをこなすのは かなりミラクル(英語がおかしい)。

しかし最近 体に力がみなぎっている。

数週間前に感情の嵐が吹き荒れ

荒れに荒れたのだが

過ぎてみれば 雨降って地固まるの様相を呈し

勝手に「結果よければすべてよし」

と思っている。

―家族は「やれやれ」と 息をついている―

家族は小さな世界なのだ。

家庭に世界がある。

家族の世代間断絶に対処できずに

どうして世界平和などありえようか?

いや ありえない(反語)。

(↑Y田ちゃん つっこんでいただきたい)


23時近くなり

陰の力が台頭してきたので

そろそろ寝ます。

愚痴っぽいんだよ おかあさん。


自分がつけるいろんな仮面があってだね。

英語屋 母 嫁

ときどき妻(笑)

今は素の自分です。

一人の時間は 自分を正常に保つ。


でも今日は いろんな先生と話せてよかったー

イイ一日だった。

みなさんも おつかれさまでした。


せば!

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家族の健康を守るぞ

今我が家では 全員がマスクをしている。

風邪を徹底的に予防しようとしているのだ。

今回 風邪ひかない・ひかせない委員会を発足し

初代委員長に自ら立候補>わたし

まず 昨年1年間定期購読した通販生活にて

予習していたものを買うことにした。

1.超音波式のど鼻吸入器
2.温水流式鼻腔洗浄器
3.グラフトシャットフィルター(ウイルス対策ヨードマスク)
4.発熱ソックス

まだ使い込んでいないので 効果のほどは実証されていないが

とりあえず「ヨードマスク」は合格。

さまざま市販のウイルス不活性化なるマスクをつけてみたが

子ども・小顔用 などと 迷惑な指定があったり

息を吸うたびに 鼻に密着して呼吸しにくい

などという不便があった。

このマスクをつけて3日目か?

とにかく

「人を見たら ウイルスと思え」

という 極論を展開していた昨年の通販生活に習い

デパートやスーパーに行くときは必ず!

マスクをしている。

仕事から帰ってきたら うがい・手洗いのついでに

顔も洗っている。

めがねも洗う。

徹底的です。

そんくらい 痛い目にあったので もう二度と風邪はごめんでR。


まとめて注文したら おまけに

5.「金時生姜の本葛湯」×5が来た。

生姜は体を温める

葛は寒気をとる

らしい。

いただきます。


吸入は一回やってみた。

それをやってから のどの調子がよい。

ただし 本当に風邪の真っ最中だった息子は

のどが潤って痰が出やすくなったのはいいが

咳を助長するので やめた。


他のものは 使ってみて また報告するでござる。


先月下旬 突如雪が降ってきたため

家族全員 急いで冬支度。

「冷え」は万病の元

まず さまざまな温かい下着を買った。

弘前の冬をなめてはいけない。

みんな 風邪をふっとばそう!


せば!

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伝説がまた創られる

いいことがあった。

わたくしは今日 ライトをつけっぱなしで駐車してしまった。

雪が降っているので 念のためつけていたのだが

何度か用事をたして駐車しているうちに

消すのを忘れていたのだった。


実家の前に停めて歩いて移動したところ

父から電話があり

「通りすがりの人が『ライトついてるよ』と教えてくれたよ」

とのこと。

急いで戻って消し 事なきを得ました。

どなたか存じませんが ありがとうございました。


<ライトを消すのを忘れるポイント>

1.トンネルを抜けたあと
2.昼間天気が悪いとき
3.朝薄暗いうちから出かけたとき

特にですね

消し忘れポイントで多いのは

大鰐と黒石です。

どちらもトンネルを抜けた後なので。

一度大鰐では バッテリーがあがってしまい

スキー場の詰め所にいた方に助けてもらいました。

虹の湖では 売店の女性が

「ライトついてるよー!」

と 叫んでくれたので 助かりました。


というわけで

他人のライト消し忘れを見かけたら 必ず報告したくなる。

先月 大鰐の温泉から帰ろうとしたとき

ライトがついている車があったので

売店の人に教えました。

困るだろうな と 思ったので。

それははっきり言って「自分を救っている」のです(笑)。

おそらく今日私の車のバッテリーがあがらないですんだのは

そういうことがめぐってきたからに違いない。

のだろうか…


いや それよりも

昼間ライトを消し忘れない方法 教えてください。

(汗)


せば!

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第九の季節

200712010812000
ご無沙汰です みなさん お元気ですか?

12月になってしまいましたねー。

「師走」とはよくいったもので

教えるものの端くれである私は

年末の仕事に没頭しております。

子どもも 治ったかと思うとまた熱を出し

今も傍らで寝ております。

イイ言い方をすれば

「ドラマチックな毎日」…

いろいろあるけど 私は元気です。


このブログの名前は

「今日の出会い Today's Encounter」といいますが

カウンセリングに 「エンカウンター」というものがある

ということを 教えてもらいました。

ありがとうございます。

偶然にも 同じ名前であることがうれしい。

「エンカウンターグループ (encounter group) は、

カール・ロジャースが開発したカウンセリングの方法。」

だ そーです。

「エンカウンター」とは,カウンセリングの一形態であり,教師が用意したプログラムによって作業・ゲーム・討議をしながら,こころのふれあいを深めていく方法である。児童生徒たちに自分とは何かへの気づき,自己肯定,自己開示,他者への寛容などを学ばせ,児童生徒相互の感情や情緒的コミュニケーションを回復し,相互に認め合える人間関係を育てていくことをねらいとしている。

ぜひこのことを学びたいと思っています。


わが子は 幼稚園の発表会が近くなり

「第九」を演奏するそうで 目下練習中。

「ミ ミ ファ ソ ソ ファ ミ レ ド ド レ ミ ミ~レレ~♪」

と 家でも音階を口ずさんでおります。

おおー 合ってる!笑

もう一曲は「シンコペイテッド・クロック」

先日の「Non Stop」ライブで演奏された「プリンク・プレンク・プランク」

と同一の作曲家ですな(ルロイ・アンダーソン)。

お聞かせできないのが残念ですが 

彼の曲は きけば「ああー!」と誰もがうなずく有名な曲ばかりです。


で この「シンコペイテッド・クロック」では

鉄琴でメロディを担当するそうで

「昨日も具合が悪かったけど 

頑張って『レラー ラレ』のところ できるようになったんだ」

と 熱を出した赤い顔で ふとんの中で訴えておりました。

むずかしい と いつも言っていたところ…

が がんばった。

↑親バカ


今月は 新しい出会いが待っています。

楽しみです。

またそのときに ご報告しますね。


せば!

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