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2005年10月

2005/10/30

この世は縁で成り立っている

近所のハワイ好き仲間であるAさんに誘われて 国際交流を考える会主催の講演会に行ってきた。講師は 自転車で世界一周をした坂本達さんという 37歳の男性。坂本さんは 強い冒険心とは裏腹に 実に物腰が静かで 謙虚な話し方が印象的な方だった。子供服のブランド「ミキハウス」の社員である彼は 会社に年2回提出するレポートに 勝手に自分の夢を書いて出し続けていた。同時にあらゆる贅沢を控えて摂生し 資金繰り。その熱意が社長に通じ 4年3ヶ月も有休休暇をもらって 世界一周を成し遂げたのだ。すげ~!

親御さんの転勤が多く パリにも7歳から11歳まで住んだことがある坂本さんは 「自分の五感をつかって世界を見てみたい。世界中の人に出会って 彼らがどんなところに住んで 何を食べて どんなことを考えているのか もっともっと知りたい。」と考えた(坂本達『やった。』P3)。現実(仕事とお金)と夢(時間)を天秤にかけ 「時間だけは取り戻せない」と考えた彼は 26歳の時に 今やるしかないと決断した。その矢先に 有休休暇などの後押しがあったそうだ。

旅立ちにあたって お父様からこう手紙で言われたそうだ。「3人兄弟の中で一番お前が気が弱い。でも世界一周をするなら 気が弱い方がいい。世界を旅すれば 危険を回避しなければならないし 細かいことに気がつく。慎重に判断しなければ命取りとなることもある。気が弱いという長所を活かしてやってこい。」このエピソードは 育児に時として迷う私たちに 大きな指針を与えてくれた。私たちも 息子たちのありのままの姿を応援するべきなのではないか と考えさせられたのだ。同行したAさんも心を打たれ いつも元気いっぱいで明るい彼女も 涙していた…!(←それも衝撃的だった。)

講演は スライドとビデオを見ながら行なわれ 大げさではなく どれも本当に心に響く言葉ばかりだった。特に ギニア(アフリカ)でマラリアと赤痢に同時にかかり 生死をさまよったエピソードが印象的だった。2度と会えない旅人のために 村で最後の薬を使い 病後の療養にと鶏をくれたそうだ。この時から「走らせてもらっているし 生かされている」ことに気づき 感謝の念が生まれたとのこと。

また 世界一周を成し遂げた後 お世話になったギニアの仲間と 井戸を作るプロジェクトを立ち上げ 完成させるまでのドキュメンタリーもすばらしかった。貧しい国では みんなが分け合って 助け合って生きている。私たちは ないものを欲しがるのではなく 今ある幸せに気づき 足ることを知るべきだ ということを 全体を通して話しておられた。

かといって 声高に善を語るのでもない。挨拶と感謝という基本的なことを徹底する大切さを とうとうと説く。「落ちたものを拾ってやったのに 礼も言わずにふんだくられたら 私だって人間ですから『なんだこのクソガキ もうに度と助けてやらねーぞ!』と思いますよ。」この言葉に 会場がどっと沸いた。いたって普通の方なのかもしれない。でも 自分と他者との関係を ごく短期間に密にたくさん築き上げてきた結果 人生においてそれをどのように応用していけばよいのか悟ってしまった。そして これをみんなに伝えねばならない という使命感に駆られているのでは と感じた。

私たちに限らず 会場にいた聴衆の皆さんも 坂本さんの人となりと 熱い語りに感動していたと思う。講演会に誘ってもらったこと 坂本さんの話を聴けたこと 全てが本当に良い出会いだった。講演が終った後も 周囲で口々に誉める言葉や 握手や写真を求める子供達で 大賑わいだった。かく言う我々2人組も バーゲン会場の主婦よろしく すばやく本を買い サインの列に並んだのだった。

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2005/10/28

文房具大好き人間

Thank you for visiting my blog from Dr. Maeda's site.

I'm glad that I have so many visiters around the world.

I also appreciate your feedback.

Thank you.

Dscf0145
文房具 特にノートやペンが大好きな私は 今でも実にこまごまとした文房具をそろえることに興じている。昨日は小さなノートが必要になったので店に行き 良いものを手に入れた。A5サイズの小さなノートと 小分けになっているクリアファイルと 小さな赤いビニール製の袋。

マルチカラーのノートは Rovert le Heros Parisと書いてある。実は今回買ったノートの他に ここが出している日記帳と2005年のスケジュール帳も愛用している。この「マルチカラー」というのは 自分の大好きなモノの一つで とにかくいろんな色があるとわくわくする性質らしい。ついでに言うと 八百屋や花屋で色とりどりの野菜や果物 花を見ると なぜか「うわー!」っと嬉しくなってしまう。そんなわけで 自分にはマルチカラーのブラウスシャツやらセーターやら 帽子などもあったりする。 

そしてクリアファイルと 赤のビニールの袋。Delfonicsというブランドらしい。どちらにも英語で 長い文が書いてある。「Inspiration comes of working.」という大きな文字で書かれた一文がパッと目に入り 買わなくてもいいのに つい買ってしまった。今 インスピレーション という言葉が 自分の中でキーワードになっているからかもしれない。

家に帰ってきてから その文を読んでみると すごい内容だった。全てが何とも示唆的で哲学的だった。これは何かある!と思い ネットでこの文をそのまま検索してみた。すると これがボードレールの言葉であることが判明した。ネットには 著名人が残した言葉を集めたサイトがけっこうあって すぐにそれらにヒットしたのだった。問題の文は 一人の人が書いた一つの作品のようにプリントされていたが 実は誰もが知っている有名人から 誰やねんというマイナーな人まで 6人もの人間からが残した言葉だった。Encounterと呼ぶに相応しい内容なので ご紹介したいと思う。

“Inspiration comes of working every day. ”(ひらめきは日々の活動から生まれる)
Charles Baudelaire(ボードレール)

“Imagination is more important than knowledge. ”(想像力は知識より重要である)
Albert Einstein(アインシュタイン)

“The purpose of human life is to serve, and to show compassion and the will to help others. ”(人生の目的とは 奉仕することであり そして他者を助ける気持ちと思いやりを見せることである)
Albert Schweitzer(シュバイツアー)

“Creativity is the ability to introduce order into the randomness of nature. ”(創造とは 成り行き任せの自然に秩序をもたらすための力である)
Eric Hoffer(Eric Hoffer was a American social philosopher. )

“Life is an exciting business, and most exciting when it is lived for others. ”(人生とはエキサイティングな出来事である そして 他者のために生きる時が最もエキサイティングである)
Helen Keller(へレン・ケラー)

"You can't do anything about the length of your life, but you can do something about its width and depth."
(人は人生の長さについては何もできないが 人生の幅と深さについてはどうにかできる)
Evan Esar (Biography American Humorist)

Delfonicsというところは 一体どういう目的でこんな引用をしたのだろうか。消費者を啓蒙しているつもりなのだろうか!?余談だが 以前も気になる店に入ったところ その時もやはり自分の中のキーワードとなっていたものを発見して びっくらこいたことがあった。それはまたの機会にご紹介したいと思う。ユーミンが「目に映る全てのことはメッセージ~♪」と歌っていたけど ありゃほんとだね。というわけで(どういうわけで?)たかが文房具といわず 毎日の出会いを大切にしようと思っている。

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2005/10/22

ジョニー・デップ語録 3

このインタビューの中で 俳優以外で就きたい職業は「作家」だと述べていますが なるほどジョニー・デップには人間観察眼があるように思われます。神経質だという彼の自己評価と できあがった作品は怖くて見られないという小心者気質に 宮崎駿監督との表現者としての共通点を見出します

また「自分の仕事に満足してしまったら 俳優は終わりだと思う」「一生満足したくない」といった言葉や 前述の「失敗しても挑戦しつづけよう。だめならギターを弾く生活に戻ればいいのだ。」といった発言に 神話や伝説における英雄の未完成観を見ます(探している本人は見つけることができないことが象徴される聖杯探求。つまり死ぬまで人間性を高めるべきだとする諭し)。田臥君も全くことを言っていますね。一人の人間がいかにステップを踏んで人間性を高めるか ということには 国境はないものだと感じさせます。

「SPUR」 2005.1月号では ヴェネチアでのインタビューが載っていました。その中で彼は「メール」をやらなくなり 代わりに手紙を書くようにしているとのこと。字の芸術である日本の「書道」のような文化は 大切にされるべきだと言っていました。また アメリカ人でありながら 「本当のグラウンド・ゼロは ヒロシマとナガサキにある」と述べています。この辺に 彼の宗教観 哲学観ともいうべき核心があるように思われます。ジョニー・デップといえば 反逆児といった見出しがでたりしますが 精神性を高く保とうとする話ぶりと それを冗談交じりに 謙遜した面持ちで述べる姿に 共感しています。(了)

2009/4/24

追録:

精神科医で臨死と死後の研究に携わったエリザベス・キューブラー・ロスは こういっています。

もしみなさんが世の中を癒したいのなら まずこのことを理解してください。自分自身を癒さないかぎり 世の中を癒すことはできません。誰かをぶったり 非難したり 見下したりしているかぎり ヒロシマ ナガサキ ベトナム マイダネク そしてアウシュビッツで起こったことの責任はあなたにあるのです。このことは はっきり申し上げます。(「死ぬ瞬間」と臨死体験P211)

興味のある方はこちらもご覧下さい。

2009/3/8 E・キューブラー・ロス著書から―自分のなかのヒットラーを認識する―

2009/3/9 E・キューブラー・ロス著書から―逆境が人を強くする―

2009/3/11 ロスの境地にはほど遠い

2009/4/12 E・キューブラー・ロス D・ケスラー『ライフ・レッスン』―ほんとうの自己を知る

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2005/10/21

ジョニー・デップ語録 2

生のままの自分を保つ

若い頃にアイドルになり 大会社の商品として扱われるようになった経緯が 語られました。「他人の商品になるのはまっぴら。息が詰まる。自分のことは自分で決めて 守り通そうと誓った。失敗しても挑戦しつづけよう。だめならギターを弾く生活に戻ればいいのだ。」

直感に従う

「脚本を読むと いくつかのイメージが 目の前に浮かぶ。イメージをメモに書きつけたら それを捨てる。現場での発見やひらめきを加える。瞬間を生きる。」

呼吸に感謝する

ルーマニアのジプシーと寝食を共にしたことがあるデップは 彼らがただ祭りやバカ騒ぎをしているだけではない とした上で こう述べます。「彼らはどう生きたらいいかを知っている。一瞬一瞬を大切に生きている。息をすることなど当たり前と思われているが 実は呼吸の一つ一つがすばらしい贈り物なんだ。」

<後輩へ 贈る言葉>

インタビューは 映画学校の生徒がたくさん見守る中で行なわれました。観衆の一人から 卒業の門出にあたり 助言を求められたデップは 次のような言葉を贈ります。
「自分が子供の頃にいじめられた時 母からもらった助言がある。『いじめた子が今度ちょっかいだしたら 石でもなんでも投げつけておやり。』そして 実際にそれを実行した。他人が僕の世界にずかずか入りこんできて 意思に反することをしようとしたら 自分でその状況を打破しなきゃならない。僕は 大会社の商品のように扱われた。がんじがらめの状況に 追い込まれた。それでも前に進もうと誓った。妥協はしない 人の言いなりにならないと。母から学んだことだよ。君たちも周りの声など気にせずに 自分の信じる道を歩んで欲しい。」つづく

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2005/10/20

ジョニ-・デップ語録 1

ジョニー・デップはお好きですか~?少し前のことになりますが NHK放映「Inside the Actors Studio」で 彼がゲストだった時のインタビューを見ました。以前から ビデオなどで見て好きでしたが 人となりを知るとまた興味の尽きない人物です。番組では ミュージシャン志望だった彼が どのように俳優業に目覚め 演じることを通していかに人間として成長していったかが語られます。

Deppデップとは ドイツ語に由来があり 彼自身は 先祖代々住んできたケンタッキー州の出身です。曾祖母がアメリカ先住民(チェロキー)の血をひいており 写真によってはその面影を伺わせる時があります。詳しい生立ちの説明は 専門家にお任せするとして インタビューでの印象的な言葉を拾ってみたいと思います。

敗者に焦点をあてた作品に興味がある

「敗者とは 普通でないと見なされて 社会ののけ者にされる人である。だがそれは ただ認められないだけにすぎない。」彼は 人間の行動に興味があり 人間行動の裏にある背景や動機を考えていると述べています。インタビューが始めるやいなや デップはたばこを吹かし 長髪で帽子好きなのは 顔を隠すためだと告白しました。彼はそんな自分を 神経質だと評価しています。

家族は「無条件の愛」を与える最初の場である

ジョニー・デップは話の端々で 「打算的な考えがなく 失敗も成功も全てひっくるめた自分を認めてくれる存在」がいかに大切かを強調しています。そして 自分の母親がその一人であることと 自分にとって彼女が世界一の偉大な女性であり 今でもステキな親友であると述べています。つづく

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2005/10/10

家族

なんとなくつけたテレビに入っていた番組から。海外で黒人(13歳)を養子にした日本人男性遠藤さん(57歳)が その子供を日本に留学させることにした。帰国してまず病院にいる高齢の母親に会わせ そして実の息子に「弟だ」と言って紹介する。

離婚した前妻との間にできたその実息は もう成人している。しばらくぶりで会った父親に 唐突に弟がいるといって黒人の男の子を紹介され 呆然。「自分はまた仕事に戻るから 兄として面倒を見ろ」と言われる始末。とどめに「悪い父親を持ったと思ってあきらめろ」。リポーターに心境を尋ねられ 冗談交じりに一言「大概にしてくれ!」。

遠藤さんは 養子の息子には本当の両親がいるとして 自分を「お父さん」ではなく「えんどうさん」と呼ばせていた。決してやさしい言葉は言わず いつでもぶっきらぼう。でも 番組の終りに養子の息子からの手紙を読み はからずも涙していた。「日本で勉強を頑張るから 体に気をつけて 大好きなお父さんへ」そんな内容だった。末筆に実の息子からも「彼は自分の弟だから  お父さんと呼ばせてやってくれ」とのメッセージ。そんな3人のやりとりを見て ゲストの面々がボロボロ泣いていた。

愛情表現がヘタでも 血がつながらなくても 人種が違っても 絆をもつことができる。そういう姿だったように思う。あるゲストが「家族の中で 特に血がつながらないお嫁さん 逆にお嫁さんからみて義理の両親は 特に大事にしないといけない」と言った。その言葉が この番組を通して一番印象的だった。

鎌田實『それでもやっぱりがんばらない』の中で 医師である著者は「家族だからうまくいくのではなく “つくっていく”ものだと思えば もっと楽になるんじゃないかな。」と述べている。血縁に限らない家族的なるものが 優しさの連鎖を生む大切な場だとしめくくっている(7/17東奥日報より言い換え引用)。この「血縁に限らない」というのは重要なキーワードだと思う。甘えを排除した場所には 優れた資質が育つことが実証されているからだ。例えば 徒弟制度 奉公 寮生活。また キリストやアーサー王の親なき英雄…などである。

ボーボワールが最晩年に かなり年下の女性と親しい関係を結び これを「私たちは選びあっているから 母娘以上の関係である。」と表現した。これらのことから 私は今自分が置かれている同居生活での 大いなるヒントをもらったような気がした(気がしただけ か?)。ちょっと前から「やさしい言葉をかける」を目標に できる範囲での嫁家業を頑張っているよっぴーであった。

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2005/10/09

本当に欲しい?

デイヴィッド・ブロッツ著『ジーニアス・ファクトリー』
「優生学とは、19世紀末から20世紀前半にかけて流行した一種の社会政策。人間を遺伝的に改良する目的で 遺伝病だけではなく 精神疾患や反社会的行動までをも遺伝に起因するとし これら「悪い遺伝子」を駆逐するため断種や結婚制限を行ったもの。アメリカで積極的に進められ ナチスドイツが全面的に採用したことで悪名が高い。

1代で財を成した大金持ちが ノーベル賞受賞を「良い遺伝子」の基準としてえらび これを高学歴の白人女性に人工授精して優秀な人間を増やそうと設立したのが ここで取り上げられている特殊な精子銀行である。だが精子提供に応じるノーベル賞受賞者は少なく 高学歴で研究や事業に成功した背の高い健康な白人をドナーとして精子提供を続け 約200人の子供がこの組織を介して誕生した。

精子提供を受けた母親と生まれた子供達を追ってわかるのは 子供を教育熱心な母親の下で普通の人間として育ち 悩む人達の姿であった。子供づくりに関するあらゆる潜在的需要を商業化してしまうアメリカ社会を知り 生命科学の時代とどう付き合っていくかを考えるべきである」。(以上10/2付 東奥日報から言い換え引用)

日本においても 病院での出産 粉ミルクの普及 学校給食での牛乳など アメリカによって商業化させられた部分があります。以前テレビで この精子提供によって生まれた子供達を追ったドキュメンタリーを見ました。彼らは 自分の親を知りたがり 研究機関に提供者の素性を訊ねていました。また 知らないうちに同じ精子によって生まれた子供同士が婚姻を結ぶ危険性も指摘されています。関連して 生命倫理について ビル・マッキベン『人間の終焉』ではこう議論しています。

「将来 生命倫理の先端技術では 知能指数を高くしたいとなれば その遺伝子を受精卵の時点で注入したり 美しさやスタイルを遺伝子操作で作れるようになる。そのような技術は もう要らない。科学文明は 必ずしも人間幸福に結びつかない。欲望を肥大させるのではなく 与えられた中で生きる意味を見出すことが必要である。その半面 著者はこの『脱欲望』がアメリカ国民に容易に通じないことを自覚している。だが 子供の改造は 子供本人から自由と選択肢を逆に奪い 生きる意味の創造を奪うのである。」(10/9付 東奥日報より 言い換え引用)

「出産産業」や「遺伝子操作」に違和感を覚えても 程度の差こそあれ 知らずに自分の欲望をいいように食い物にされているように思います。「誇示的消費」(conspicuous consumption)という用語を つい最近知りました。テレビのコマーシャルなどの心理操作にまんまとはまっていないか。他人が持っているから自分も欲しいだけなのか。消費に限らず 何事も本当に自分に必要なものなのかどうかを吟味することが大切だと思われます。←そういって 着飾るだけの成人式をボイコットした変わり者。結婚式も変わってたしね…いつでも 自分のやろうと思うことを貫くのはエネルギーがいるもんですな。

「考えるのはたやすい。行動するのは難しい。でもこの世で最も難しいのは 自分の考え方通りに行動することである。」―ゲーテ
“To think is easy. To act is hard. But the hardest thing in the world is to act in accordance with your thinking.”--Johann Wolfgang won Goethe(German poet, dramatist and novelist, 1749-1832)
考えたとおりに実行できりゃ~苦労はしないぜ ゲーテ。

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2005/10/04

アメリカを知る

アメリカを鏡にして 日本を知る。そうすることで 自分たちが見えてくる。ナショナリズムというべきか 自分の中の民族形成をする上で アメリカを必要な敵にしなければならない。だから アメリカの良いところと悪いところを知る意味があると考えています。

小さい頃から 英語を話したりアメリカに住むことに憧れていました。アメリカ人の英会話の先生にも数人習い その人柄からとても仲良くなって 何度も一緒に出かけたりしたこともあります。末端に住む私たち大衆は きっとそんなに違いはなく 個人の自由な魂同士では 分かり合うことも多いのだと思います。

子連れでアメリカに渡り住み イギリス人と再婚した伊藤比呂美(詩人)は アメリカ人の価値観をこう述べています。「一くくりに『アメリカ人は』と言ったら失礼だが ここの文化で育った人達には 共通の価値観がある。彼らは 前向きで 親切で 気前が良くて 弱きを助け強気をくじき そして何よりよく買物をする。とくにクリスマス前の時期は つかれたように買物に奔走する。クリスマスとは もはや資本主義的な行事であることは みな承知である。資本主義というのが ここの社会の宗教のようであり 消費生活をたのしむというのが生き方のルールのようだ。この善良な気前の良さが アメリカ社会における寄付と社会奉仕の重要さに現れてくる。」

実際に住んでいませんので エラそうなことは言えませんが 「善良で気前の良い 消費好きなアメリカ人」というのは 的を射た表現だなと感じます(そして それに当てはまらない生き方をしているアメリカ人も当然いる)。それがただ 政治・政策を含む国や軍隊などの集団であったり 「体制」を考える時 思想の違いを考えさせられることがある。それが 私がアメリカに違和感を感じる理由なのだと思っています。ですから 自分がここに書くことは 人間同士のつながりから一旦離れた 国家レベルでの政策に対する一つの見方にすぎません。と前置きした上で 気になる新聞記事を一つ。

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2005/10/01

若人の心

昨日 バイト先の生徒Max(仮名 中3♂)が 私に向ってこう言った。
Max「先生おめでとう」
Yoppy「ありがとう~。…何が?」
Max「クリッパーズに決まって いがったね(よかったね)。」
彼は 私が田臥君のファンだと知っているのである。

英語の問題で「Jack ジャック」という名前を用いて 英作文をするというものがあった。Maxはなぜか「Jack」ではなく「Shaq シャック」を使っていた。「シャックってなんだ?!」と思って訊ねたら NBAにシャッキール・オニールという選手がいる というではないか。それ以来 何かとバスケの話題で盛りあがっているというのが いきさつである。Maxがスマステーションでの田臥君特集を見逃したというので ビデオを貸したこともあった。

Yoppy「んだっきゃ~(そうだよね~) 楽しみだよね。」
Max「調べたところによれば ガードあんまり強くねーみたいだはんで(強くないらしいから) イイ線行くがも わがんね~や~(イイ線行くかもしれないよ)。」

通訳すると 彼が言うには 田臥君が契約した NBA(米プロバスケットボール)「ロサンゼルス・クリッパーズ」のポイントガードは そんなに強くないらしい。だから 田臥君が試合に出場できる可能性もなきにしもあらず というわけである。それが本当かどうかはわからないが 田臥君ファンが周りにいない私にとって Maxとの会話は唯一盛りあがれる 貴重な時間である!私の部屋にポスターが貼ってあることを知ったら きっとヒクだろう(笑)。

Maxは話をしながら さりげなく私についていた綿ゴミをとってくれた。「うーん イイ息子をもったもんだ!」という気分。Maxとは21歳も離れているため 親と子程の年令差がある。自分の息子が大きくなったら こんな感じだろうか?いや 煙たい親になってうっとおしがられるに違いない。そう書いていて 実は田臥君に対して 子を見る親の気持ちを持っていることに気づいた。「能代工業の生徒だった男の子が あんなにかっこいい青年になって 夢を追い求めてアメリカにまで行ってしまった!すごい!応援しなくては!」

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