2008/05/17

お気に入り 2

中国やミャンマーの出来事を見聞きするにつけ

「地球」という言葉が頭によぎり

久々に「ガイヤシンフォニー」のサイトを覗いてみた。

からだは心の「器」です。 入ってくるものの大きさや形に合わせて自在に変化できる柔らかい「器」。その内側には、どんな些細なことも敏感に感じとることのできるセンサーが無数に開発されている。そんな「器」作りこそ児童教育だと思うのですが。
 

監督の子供時代は 栄養事情も芳しくなかったが

かえって その大変だったことが 自分を作ってくれたということだ。

起伏のある場所を 裸足であるいたり 

腹を空かせて 玄米を100回かんだり

満ち足りないものの中で 光を求めるようにしていると

自分が鍛えられるし ささいなことにも感謝できる。

そんなことをおっしゃっているのでは と思います。

ここを読むと

体に気持ちがついてくる

というのは 必然だな と思えてくる。

数年前に『ガイヤシンフォニー第5番』を見に行って 

龍村監督の講演を聴けたのは 非常にツイてた。

用事があって遅れて入ったんだけど

あの時なぜかそれでも

絶対見に行こう と思ったんだな。

講演の終わりに佐藤初女さんが出てきて

監督に花束を渡していた。

帰るとき 出口にスタッフと監督が立っていて

みんなを見送ったり 握手したりしていたっけ。


全体の目を持つと 自分の小さな悩みにこだわってられないな。

そして その小さなことも実は大切だな とも思う。

全体を見る目と 小さなことを日々コツコツ続ける態度ってことかね?

水面に落ちた一滴の水は 波紋を作り

ついには湖面全体に行き渡り 岸にたどり着く。

それは『賢者の石』でも言っていることかもしれない。

毎日 教室に来てくれる生徒たちと話すと 元気が出る。

昨日はつくづくそう思った。

これまで携わってきた子どもたちのことを思い出すと

今までもずっと 実は みんなに会うのを楽しみにしていた。

バイト時代にも 素直で面白くて すばらしい子どもたちに会って

あ こんな人になりたい と思うこともよくあった。

卒業したり お別れが来ると しんみりする。

教える仕事を始める前は 子どもが苦手だと思っていたんだけどね。

ハッ 自分が 子供化 したのかsign02


昨日の会話から。

「箸って英語で?」

「ダブルボウズ」

「…ボウって?」

「棒」

…一応 複数形のSをつけているところがニクイ。


Ostrich(ダチョウ)について

「メストリッチもいるんだよ」

ははーん ♂♀ね。


珍回答続出 来週も楽しみだー


せば!


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2008/05/16

お気に入り

おはようございます。

今日は一転して 暖かい日です。


私のルーティンワーク

朝パソコンをあけて メールをチェックします。

いろいろと元気をもらうサイトを一通りのぞきます。


まず

田臥くんが スイムキャップとゴーグルをつけていました。

何やってもかっこいい…heart04

「お母さん いつになったらアメリカに田臥くんの試合見に行くの?早く行かないと 帰ってきちゃうよ!」

と 息子にはっぱをかけられました。

鋭い。sweat02

どこでもドア~doorくれ~


次に横尾忠則

このギャップ。

作品をちゃんと見たことがないので 彼を語ろうとするのは邪道ですが

横尾忠則という人物には 非常に興味があります。

なんと言っても チャネラーが訊ねてきて

神が宇宙の意思を伝えて 芸術に表そうとしている人物だ

と言ったそうですから(遠藤周作『深い河をさぐる』)。

いや バカにしているわけではありません。

彼の書く言葉に その片鱗が見える 

と いつも思っています。

すべてお見通しなんですよ。

その人の前に立ったら自分は丸裸 という人物がいるものです。

また蟻の出る季節になって、アトリエの玄関前でウロチョロしていますが、蟻は二次元しか認識できないので三次元の人間にいつも踏みつぶされています。来客に「足下に注意!」といってもなかなか守ってくれず、日に何匹か犠牲者が出ています。(横尾忠則オフィシャルサイト)

彼の観察眼は 物理的で哲学的だ。

いつも こんな風にさりげなく 深い。

アリンコは 動きが速い。

彼らの時間は 人間の何百倍も速そうだ。

世代交代も 目まぐるしかろう。

人間の赤ちゃんも 生まれた頃は大人の10倍くらいリズムが速そうだ。

起きたと思えばすぐ寝る。

子供の頃を思い出してみると 一日が途方もなく長かったもんな。

あとは

人に読んでもらえる 簡潔で 深く しかも単純に面白い文章

それは会話でも同じだと思うが

そういうことも 横尾忠則という人物から教わる気がする。


もっと面白いサイトはいろいろあるが

今日はこのぐらいで勘弁してやろう。

↑誰に言っとるんじゃ


せば!

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2008/05/15

体に気持ちがついてくる

先日 教室から子どもと帰る途中

子どもと同級生の女の子が公園で遊んでいました。

つか 両親兄弟全員いた 笑

幼稚園から一緒のそのお母さんと しばし話をし

ホッとしました。

彼女は ホッとする存在なのです。

笑顔というのは 太陽だね。

笑顔が見たいね。

よく同居の両親は

「誰それは『笑顔』がない!」

と 周囲の人間たちをバッサリ斬りますが

これが 耳が痛い 笑

いや

批判するより模範になれ という言葉があるではないか。


しかし

実は「笑顔」というのは 他人に振りまくものではなくて

自分を救うものだ と思う。

映画『イブラヒムおじさんとコーランの花』の中で

「幸せだから笑うんじゃない 微笑むから幸せになるんだ」

というセリフが出てくる。

体に気持ちがついてくる。

愛情も 好きだから優しくするんじゃなくて

共に行動することが 愛情を育むそうだ。

体が先 ということが 今の自分にピッタリくる。

村上春樹が突然走り出したように

荒井良二が「まず体を喜ばせる」と言ったように

今日も自転車でレッツラゴー


せば!

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2008/05/14

心地よい間柄

200805131049000
高台から見た 昨日の岩木山です。

「きれいだなあ~。」

学生時代を終えて 地元に帰って就職した頃

研修の帰りに「あ 岩木山だ!」と言ったら

同僚に「弘前の人じゃないみたいだね」

と笑われたことがあった。


山は そこにある時は当たり前だと思っているが

なくなると さびしい。

つまらない。


だから これまで何度か弘前を離れて暮らしていた時

遠くに山が見えると

すごくうれしかった。

学生のときに 学校の屋上に行って

富士山の写真を撮ったことがある。

あるいは社宅にいたころ

田んぼの向こうにある富士山を見つけたときも

四葉のクローバーを見つけた!ぐらいの感激で写真を撮った。

関東平野というのは すごいな。

どっからでも富士山が見えるんだな。


電車の中で 県外からの旅行客の団体が

遠めに見えてきた岩木山を指差して

口々にほめたたえるのを聞いたことがある。

「稜線がきれいなんだよな」

地元に住んでいる人間では気がつかない「良さ」

その言葉を聞いて

まるで自分が誉められているように 誇らしく思えた。

今でも晴れていて きれいに岩木山が見えると 

儲けた気分になる。

ラッキーshine


「VIVA」という 地元のフリーペーパーがあるが

これに「タテタカコ」さんという シンガソングライターが載っていた。

去年全国のライブハウスをまわったが

一番多く訪れたのが弘前なんだとか。

「弘前の人って とことん付き合ってくれるんですよね。居心地とがいいというか 多分居心地を良くしてくれているんだと思うんです。それに安心して自分を素直に出せてしまう特別な場所なんです。」

ほお~。そうなんだ!

彼女は 土手町に古いお店がたくさん残っているところが好きだし

去年の弘前公園の桜祭りでは

今までにないくらい桜の魂のようなものを感じて 怖かったのだとか。

そんなタテタカコさんは 

その名もずばり「hirosaki」という曲を作った。

どんな曲なんだろうか…。


あまりに近いと 見えないことってあるな。

外国の人と話していて

「日本は 相手の気持ちを慮って行動したり発言しないといけないから かなりストレスがたまると思う」

と言われ ホッとしたときがある。

それが当たり前になっていたので

具体的に あなたの今こうだよ と言葉にしてくれて

今までずっとそうだったんだ と肩の荷が下りるように感じた。


いつも一緒にいる人と少し離れてみたり 時々旅に出たりすると

自分が客観的に見えるときがある。

いつもより 高いところから見たり

距離をとることは いいことなんじゃないか

と思う 今日この頃ッす。


先のタテタカコさん

7月5日(土)弘前マグネットにてライブがあるそうです。


せば!

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2008/05/13

何気ない一日

Ohio!

ども。台風の影響で 風が強い弘前です。


朝 ワーッと洗濯と掃除をやっつけて

久々に パーマをあててきました。

帰りに

ドーナツとミルクティーをすすり

花屋でスイートバジルと

紀伊国屋でトーイックマガジンを買って

ホームワークスを一通り眺めてきました。

帰ってきてからお弁当を食べ

苗を植えてから 自転車で買い物に行きました。

ついでにお墓参りに行こうと思いつき

花を買って向かったのですが

車で片道数分くらいの道のりが 

買い物や墓参りという作業を含めて

往復1時間30分の小旅行になってしまいました。

太ももブルブル。


ついたら人っ子一人おらず

ばあちゃんと伯父と対話して 帰って来ました。

帰り道というのは 早く感じられるものだ。

順調に帰ってきて

子どもが「食べたい!」と言っていた

「鉄腕ダッシュ」で立ち食いしていたメンチカツを作る。

だいたいパーマをかける時間があるというのも

数ヶ月前には考えられないことだった。

急いでカットだけ というのがこれまでのパターン。

平日に メンチカツをこねて「揚げる」という作業

これも やりたくないものの一つ 笑

今は料理の本を見て 何か作ってみたい 

そんな気分です。

これは 仕事を全部やめて家に入り 

専業主婦になったとき以来の 気持ちの余裕かもしれない。


子どもが 学校まで往復小一時間を毎日歩くようになってからというもの

いろんな意味で自立した。

入学してから一度も風邪をひいていない。

今までしょっちゅう行っていた小児科・耳鼻科にも とんとご無沙汰。


歩くっていいことだな。

物事には段階があるとはいえ

私立の幼稚園というのは いかに大事にされているか

もっと野放しでいい 粗野でいい

そのほうが 子どもが自分でやることを覚える

あるいは 「こっちがやってあげないとできない」と思い込んでいた

心配しすぎだった

そんな風にも思った。


また 時代もあるのかな。

自分が子供の頃というのは 一人で保育園から帰ってきていたし

友達の家にも 子供同士で勝手に行っていたけど

今の時代は 特に就学前の幼児を一人歩きさせる風潮が薄れているように思う。

いろいろな事件があって 周囲が過敏になっている。

見守ることと 自分でやらせてみることのバランス 

というとこだろうか。


硬いな~。sweat02

せば!

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2008/05/12

食欲の初夏

200805111226000
こどもの日はとっくに過ぎ

母の日でしたね。

でもなぜか「こいのぼり」

虹の湖に行ったら ご覧の通り

気持ち良さそうに泳いでいました。


息子は 小学校に上がってからというもの

自分で好きなように友達と遊んだり 自転車で出かけるので

私に「お出かけしよう~」と 言わなくてよくなったらしい。

昨日は実家に一人で行って じいじ&ばあばとお出かけし

帰ってきて昼ごはんを食べたと思ったら

一人で自転車で近くの公園へ行き

帰ってきたら今度は 自転車でばっちゃといとこの家へ。

おかげで私は 家事や買い物などをゆっくりすませられた。

この1ヶ月で 料理に時間をかけるようになった。 笑

今までと違って 気持ちに余裕がある。

こんなときが来るんだな と ある種感慨深い。


時間に余裕があるせいかどうか分からないが 食欲が増し

恐ろしいことが起きた。

週末みんなで食べようと思って ポテチを二袋買ってあった。

気がついたら 二つとも一人で全部食べていた。

さっきも食後に おかきを8枚くらいむさぼった。

県外に出て 旦那と二人で暮らし始めたとき

あらゆるストレスから解放され 3キロ太った。

5年前弘前に帰ってきたときには

ものの数ヶ月で3キロ減った。

仕事を始めたら さらに落ち 中学1年生の時の体重まで落ちる。

難民のあばら骨のようだと 旦那に恐れられる。

それがこのザマだ。また元に戻ったりして。coldsweats01


やはり家にいる時間が長いと 太りますな。

子供の頃を振り返ってみても

部活を始めたらやせて やめると太るパターンだったからな。

連休ボケか…


せば!

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2008/05/11

もうすぐ満3歳

2005年6月からこのブログを始めて

まもなく丸3年になる。

思うところあって 3年分を振り返った。


本の引用が過剰だったと反省し

すべて見直して 直せるところは直し

直しきれないところは 記事ごと削除した。

そのため 記事の件数が大幅に減っている。


同じことを数回繰り返すと パターンが見えてきて

5月の連休になると 書く時間が増えて

更新が多く 話がくどくなるらしい。

また 全体を通して 書きたいことは決まっていて

同じタイトルをつけていたり 似通った内容もある。

そういうものは 古いものから省いた。


文体も 最初はかなり緊張していて ぎこちなかった。

やや感情に走っている時期や

自分の書いたことにつっこみをいれすぎて防御が固い時など

その時の気持ちに沿った内容が見て取れる。

去年だったか いつの頃からか 文語体をやめてしまって

字間も1行空けて 少しくだけた文体になった。

津軽弁も大いに使って 普段の自分に近い形になってきたと思う。


とまあ いろいろと感じることはあったが

初心に帰ろう という気になっている。

どういうふうに続けていくか

特別な指針があったわけではないが

唯一あるとすれば

「書くことの練習をする」ということだった。

自分という人間は 反応的で左脳傾向がある。

だから 行動を意識的にしておきたいし

ある程度は 自分の考えを持って行動したい。

そのためには

1日1回は感じたことを文字にし 

自分を振り返って頭を整理したい。


実際 言葉にして言ったり書かないと 行動には移せないものだ。

それに 考えを言う とか 書くということは

いざやろうとしていても なかなかできない。

日頃から 書く技術を鍛えておきたい。


そういう意味で 今後も続けようとは思う。

前にも書いたけれど

ここを訪れる人が

長年心にひっかかっていたものがとれた!

と 呪いを解くような一助になる仕事がしたい。

ここでも そういう内容を書きたいと思う。

よろぴくheart


せば!

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As you sew so shall you reap

おかしいな 譲りすぎているな 

と感じたとしても

いえない状況もままあるものです。

何とかそいつに ギャフンと言わせてやりたい

↑これ 教育に携わるものが言う言葉じゃないな 汗

しかし 自分が直接手を下さなくとも

自然と成り行きに任せる

「宇宙にお任せ」も アリかもしれません。


前に 子どもの帽子を一つしか買っていないのに

同じ商品を2つ買ったようにレジで打たれたことがありました。

他にも何点か商品があったので すぐには気づかなかったのですが

家計簿をつけていて 間違いに気づき

店にレシートを持って行きました。


当然訂正して お金を返してもらったのですが

すみませんでした というだけで はいオシマイ。

うーん…

期待する自分もどうかと思うが

たいてい 店側でミスをしたときには

何か特典があるものです。笑

これはどう考えても店の不利になるからね。

変な噂を立てられてもまずいしね。


いつだったか スーパーで買った牛乳が

口の粘着があまくて 漏れていたことがあり

その時は オリジナル商品のジュースをくれたね。

おいしいので 飲んでみて とか言ってね。

そうすると ムッとしていた気持ちがやわらぐよね。

次回使える割引券とかもらうと

ま しょうがないか という気分にさせられます。

↑だまされている


先の会計ミスをした店 

店の人の態度が

失敗を早く忘れて なかったことにしたい

もう金返したからいいでしょ

みたいな雰囲気があったので

お金を返してもらってホッとしたどころか

もう買い物をしたくない気分にさせられました。


数年後 その店はつぶれました。

smoking


自分でまいた種は いつも自分で刈り取らねばならない。

そう覚悟しています。


せば!

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2008/05/10

『村上春樹 河合隼雄に会いにいく』 自己治療のための芸術表現

200805061449000
親戚のりんご畑から撮りました。

岩木山の雪解けも中腹まで進み 緑になってきました。

畑を通っていく風にあたって 間近に迫る山を見ていると

とても気持ちがよかったです。

ちまちまと ここで精神論を語っているのが

ある意味アホらしくなる瞬間がある。

時々 自然の中に身をおいて体を動かし

額に汗する ということが 

とても自分に必要だと思います。


そんな頭でっかちの自分にピッタリのこの本には

一口で言い表せない面白さがある。

あまりにも自分のツボをついた内容で 書ききれない。

たとえば

「自己治療と小説」

「物語をつくる・物語を生きる」

「物語と身体」

「宗教と心理療法」

などなど。


そのなかでも 第二夜 無意識を掘る“からだ”と“こころ”

この中にある「物語と身体」では 次のようなやりとりがある。

村上春樹は 小説を書き始めるまでは 自分の体にそんなに興味を持っていなかった。しかし 小説を書いていると 身体的・生理的なものにものすごく興味を持つようになり 体を動かすようになる。すると 脈拍 筋肉 体形が変わり 同時に小説観や文体が変わっていく。

それにたいして河合隼雄は 身体の変化と 精神的なものの変化は 呼応して当然だという。たとえば 昔の文士たちは 言葉 精神の仕事をしているから 体は関係ないと 暴飲したりし 自分の体を無視したり軽蔑している。そういう意味で 身体性まで取り込んだ文体や作品ということまでは 昔の日本人の作家はあまり考えていなかったのではないか(P117-8参照)。

中学生の頃だったか

川端康成 芥川龍之介 三島由紀夫 太宰治が自殺したのを知って

なぜ作家たちは自害するんだろうな 不思議だな

と思ったことがあった。

河合先生の話は この問いに答えてくれるように思う。

人間は頭で考えた理想通りには行動できないし

生身の動物だから

腹もすいて眠くなるし 邪なことも考える。

そういう「悪い自分」に耐えられなくなるんじゃなかろうか。

堂々巡りから抜けられなくなるような。


そして この 「物語と身体」部分では

心理療法の一つ「箱庭療法」について こう語られる。

村上春樹が 箱庭療法について訊ねる。箱庭にも つくりばなし的なものと 身体が入っているストーリーとの違いはあるのか と。それに対して河合隼雄は 箱庭療法についてのエピソードを語る。講習会でものすごくきれいな花をいっぱい使ったような曼荼羅をつくった人がいた。でも それを見てもぜんぜん感動しない。その人は 箱庭療法というのは 曼荼羅をつくらねばならないものだと思ってつくっており その人の中から出てきていなかった。病のある人が箱庭をつくると 素人目にも なんとなくわかる。

ところが ふつうに暮らしている人がそれらしく置いたものは おもしろくない。いわゆる正常 健常といわれる人は 逸脱のないものを置く才能をもっている。朝起きて 会社へ行って 仕事して 帰ってくる それは ある種の才能であるのだという。

方や村上がまた訊く。人間は病んでれば だれにでも物語をつくる能力が 潜在的にはあるということなのか。

河合先生曰く 人間はある意味では全員病人であると言える。だが 病んでいる人もそれを表現する力がないと形にならない。疲れや恐ろしさが出るばかりで 物語にまでなかなかなってこない。

最後に二人は 芸術家などクリエートする人間はだれでも病んでおり 表現という形にする力=健常さを持ち合わせなくてはならない とし 以下のように結論づける。

河合 「芸術家の人は 時代の病とか 文化の病を引き受ける力を持っているということでしょう。ですから それは個人的に病みつつも 個人的な病をちょっと超えるということでしょう。個人的な病を超えた 時代の病いとか文化の病いというものを引き受けていることで その人の表現が普遍性を持ってくるのです。」P121-7

ちょっと前にある方と 

お互いジョニー・デップが好きだという話で盛り上がりました。

彼女のジョニー・デップ観は

「俳優をやっていなかったら ドラッグか何かで破滅してるような人だ」

というものでした。

色々な人間を演じられるのは 神経が繊細だからであって

傷ついたり辛い思いを敏感に感じ取れるからだ。

人間に興味があり 観察眼が育つから

俳優として優れている。

そういう 嫌な部分の自分を演じることが

人に認められて 「それでいいよ すばらしい」

と誉められるから 生きていられるのだ

そういうことも おっしゃっていました。


前にもここで ジョニー・デップのインタビューを取り上げて

語録をまとめたことがあったのですが

彼が長髪にしているのは 顔を隠すためであり

神経質で イライラした行動をよくとる

と 本人も言っていました。

こんなインタビューを受けるような時には

人前でタバコを吸わなければ身が持たないようで

しょっぱなから「いいですか?」と吸い始めた。


村上河合対談や ジョニー・デップの人となりを見るにつけ

「何が普通か」というのは 非常にあいまいな観念だ と思う。

会社勤めをするという 逸脱のないことをすること

それも一つの才能だし

人付き合いが苦手で 引っ込み思案だ

とか そういう否定的に受け取られがちな性質も

実は才能の一つなんだ

いつでも その時の自分というものを受け止めて

何とか生きていくことはできるんだな

自分を上手に活かすような 「アピールする方法」

そういうものが大切なんじゃないか

と 思いました。


Oさんのところで教えてもらった ヘンリー・ダーガー

この人の創造の世界には 

上手とか下手とか そういうものを超えて

彼の内側から出てきた

表現せざるをえなかった真に迫る何かがあるのだ と思います。

彼の芸術性を「こうだ」と いまここで自分が語るより

興味のある方は ぜひご覧になり

ご自分で何かを感じ取ってみてください。


ブログをこうやって書くのも

書かなくては身が持たない現実があるから だな。


せば!

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2008/05/09

おばさん化 か 年の功か 2

われわれの年代というのは

おばさん化 か 年の功か

それはどちらも いえす と言えるかもしれない。

あれ これちょっとどうなの

この扱い適当なの

と疑問に思ったことがあったとしても

若い時 概ね20代までは 黙っていることが多かった。

今は けっこうズバッっと聞き返す。

ずうずうしくなる。面の皮が厚くなる。

津軽弁で「あづー」。


あるドラッグストアで

「エコバッグを持ってきた人はお知らせ下さい」

と書いてあったので 伝えたのはいいが

なんと 商品を詰め替える場所がない。

このレジの横の狭い場所で 急いで入れろって言うのか?!

しかも○理用品丸見えで 後ろにうら若い男

おいおいおいおい 頼むよ一つ!


一旦店を出たはいいが 納得いかないので 戻って

「店長さんお願いします」

と切り出す。

↑コワイ客だな

応対した店員さんはひるむことなく 名前を聞き返し

どういう用件か尋ねた。

こちらも名乗って 先のことを話すと

「○理用品を別の袋に入れてほしい旨を言ってほしい」

「今ちょうど エコバッグ持参を導入したばかりで 店の対応が追いついていない」

とのことだった。

こっちから「ああしてこうして」と注文つけてからやるのでは

サービスとしては遅いんじゃないか と思ったが

話を聞いてもらっただけマシか と思い直し

「こういう嫌な客がいて 文句を言っていたということを

朝礼とか意見を言う機会があったら伝えてほしい」

と とてもていねいに言った。


あるいは 服を買ってからしばらくして

ちょっとしたほつれが見つかって 直してもらったこともあった。

聞くだけ聞いてみようかな と思ってね。

これはまあ正統な理由だな。


疑問に思ったことをガマンしたり譲りすぎたりして

lose-win自分が負けて相手が勝つ傾向を持つ自分としては

とても後悔することが多かったが やっとやめた。


そういう意味で 

宇宙・世界 というスケールのでかい名の通り

目下買い物をしていて 絶対的な信頼をおいているのが「ユニバース」。

マニュアル化されすぎて 変な言葉になってもいないし

ここの社員教育はかなり行き届いている と感心する。

↑エラそう


これは助かる と思うサービス

①ポイントやエコバッグ持参の還元ポイントなど

カードが一つで済む。

もうさ エコバッグ用だの ポイント用だの

カードがたくさんあって かっちゃましいスーパーが多すぎる!

②ユニバースには 銀行 薬屋も入っていたりして

非常に便利だ。

③ユニバースではドライアイスをレジでもらえる。

一旦レジを出て またサービスカウンターに行ったり

コインで自分で取りに行ったり

確かに大した作業ではないが

こういうちょっとしたサービスが

子連れのお母さんにはとても助かる。

④○理用品を買うと エコバッグを持っていても

「別の袋にお入れしましょうか?」と聞いてくれる。

⑤ポイントがたまるのが早い。還元率がいい。

少ない金額でも すぐ使えるようなポイントの方が

利用しやすい。


子連れで買い物 それは主婦の修羅場 戦場なのだ。

こういう 一箇所で用が足りる場所がとても助かる。


プロ なんだからね

言われてから仕方なくやるんじゃ 意味ないんじゃないか

いつもどういうサービスが求められているのか

そういうことをちょっとは考えるのが商売なんじゃないのか

と 駆け出しの経営者は思います。


こういうのを自縄自縛という…


と 自分の図々しさに 少し呆れていたら

同い年の友人が 同じようなことをやっていて

「そういう年齢なのかもね」

と話していた。


どうなっちゅうのよ!と責めるだけではなくて

ユーモアで うまく切り返しができるようになったというかね

若い時より 余裕がちょっとはあるように思います。


あとは 人にどう思われるか より

家族とかに対する責任もあるだろうし

仕事や育児など責任のあることを続けてくれば

それでも商売人か?!

と思うような行動に 疑問を感じる

といったとこでしょうか…


いずれにしても

コミュニケーションをとるということは 大事だな。


上手な自己主張と おばさん化のせめぎあい

気をつけます。


せば!

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